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フォーゼ弦流

原稿の息抜きに…。別作品ですみません。弦流っていうか将来弦流になったらいいなくらいのぬるい話です。本編の展開にすごく期待をしつつ!
 ただ大人しく座っているだけなのに思わぬ災厄が降りかかることが、ここではよくある。いつものように皆の様子をぼうっと見ているだけで他のことを考えていたときに突然それが起こった。横着をしてフードロイドたちに菓子やジュースをテーブルに並べさせようとして、コーラがこぼれてテーブルや床に飛び散った。やばいっすよ俺また賢吾さんに怒られる、とJKがわめいていたが、他にもっと気にすることがあるだろう。他に言うべきことがあるだろう。流星は怒りを何とか押し込め、自分の顔を困った表情に仕立て上げた。制服の上着がコーラでべっとりだ。甘いし染みになるし繊維の間からしゅわしゅわと音が立っている。
「わっ、すっごい! 制服コーラだらけ! アリさん来ちゃうよー!」
 皆が雑巾やらティッシュやらを持って床に向かっている中、ようやくユウキが気付いてくれた。思いっきりコーラをぶっかけられて固まっている流星に。流星は困った顔のまま、心の中で呪詛をつぶやく。
「早く脱いで水洗いした方がいいわよ。パリパリになっちゃう」
 美羽がまるで玉ねぎの皮でも剥くかのように容赦なく上着を脱がせてきたので全力で飛びのくと、ウサギさんみたいと言ってユウキが笑った。
「だ、大丈夫です、自分でできます」
「そう?」
 大騒ぎしながら掃除している皆から一定の距離を取り、甘ったるくコーラくさい制服を脱いで被害を改めて確認した。ぶっかけられたのは上着だけだ。顔と髪にも少し飛び散っているがシャツと下は無事だった。ほっとため息をついて汚れているところを内側にして畳み、一人でラビットハッチを出る。運動部が使っているホースのついている蛇口から水を出し、上着のコーラを洗い流し、そのまま手すりに干した。校舎の外の日の光が当たっているところでないと洗っても乾かない。ラビットハッチの中ではだめだ。だがまだまだ外は寒い。コートを持ってくればよかった。小さくくしゃみをして上腕をさすると、後ろからやかましい足音が聞こえてきた。
「流星? 何やってんだお前」
 担任に呼び出されでもしたのか、職員室の方向からあまり会いたくない男が現れた。
「何で制服洗ってんだ?」
「それが、コーラをこぼしちゃって」
「ははっ、ドジだなー! こんなさみー日に!」
 やったのは俺じゃない、と流星は心の中で言い訳がましくつぶやいた。
「そう、だね。寒いから、乾くまでいったんラビットハッチに戻ろうかと」
 弦太朗はまだ笑っている。笑うな、と思う。怒りが抑えきれなくなりそうだ。こんな下らないことなのに。流星は一瞬だけ苛立ちをあらわにし、唇を噛み締めた。だが弦太朗はまったく気付いていないし、気にもしていない。馬鹿な奴で助かった。
「こんなんラビットハッチで乾かせばいいだろ。俺がファイアー! でほっかほかにしてやるからよ!」
「燃やさないでね?」
 まだ水滴がしたたっている上着を手に取り、弦太朗は振り返りもしないでロッカーの方向に歩いて行く。下手くそな鼻歌つきだ。後ろをついていくのが腹立たしくなるほど上機嫌だ。しかしロッカーを開ける直前、流星は見た。手に持った上着を見つめる弦太朗の目は、見たこともないほど大人びて、悲しいのか嬉しいのかよく分からない感情に満ちていた。まるで自分があんな目で見つめられているかのような気分になる。なぜか、背すじがひどく甘く戦慄する。
「あの、如月くん」
「あん?」
「どうかした? 僕の制服、何かおかしい?」
「へっ? い、いや、別に何でもねえ。わりい」
 誤魔化すように大笑いし、弦太朗は異空間に足を踏み入れていく。少し考えて、流星はあの目の意味に気が付いた。まったく知らないわけではない。リアルタイムで注視していたし、自分で後始末もした。弦太朗以外のすべての人間にとっては大きな事件だが、弦太朗だけはあれを「事件」などとは絶対に言えないだろう。生徒手帳の名前、制服の生地の手触り、恋の顛末。自分には「さらけ出せ」なんて言うくせに弦太朗は流星には何も言わないし、他の部員もすべて知っているはずなのに話題にはしない。実際にこの男を知るまでは、馬鹿な恋をする奴がいたものだ、としか思っていなかった。だが今ではどこか不思議に思える。この馬鹿な男は、恋を知っているのだ。命をかけた恋を、悲しい恋を、物語にしか出てこないような恋を、初めから終わりまであまさず知っている。俺は知らない、と流星はふと思った。
「早く乾くといいな、お前の制服」
 すっかりいつもの表情に戻った弦太朗は、ラビットハッチに通じる扉に手をかけながらそう言って笑った。この異空間は光のようなもので満たされている。
「どーせこぼされたんだろ? JKあたりに」
「なんだ」
「ん?」
「分かってたんじゃないか。なのに、」
 流星は眉間に皺を寄せそうになって、思わず口を手で押さえた。弦太朗はそれを見てははっと笑う。
「何にもかぶんない方がいいのになあ。お前、ほんとはいい顔してんのになあ」
「言ってることがよく分からないな」
「まあいっか。行こうぜ、ほら」
 笑って手を差し出してくる。制服を持っているのと反対の手だ。右手には大事そうに流星の、昴星高校の、本物の制服を抱えている。あの手は誰かを特別に思うことを知っている。流星だってかつては知っていた。恋ではないけれど。
 弦太朗は手を差し出したまま、にやにや笑いを崩さない。何かを大切に思い、拒むことを知らない手。恋を知っている手。流星はその手を無視して扉を開けた。知らなくていい。俺はそんなもの、知りたくなんてなかった。
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