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更新記録、感想、萌えつぶやきなど。
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らくがき2

食事の話。短いのとカプ未満なのでこっちに。気を抜くとまたブログサイトしそうな気がする…
映司は旅に出るまでカップラーメン食べたことなかったりするのかな。
 呼吸と別のリズムで腹の虫がひたすら鳴り続けているのが気になってたまらない。ぐぐぐ、だったり、きゅうう、だったりする。腹の虫というくらいだから腹の中に虫でもいるのかと思い、裸の腹に手を当てて、何かがごそごそと動く気配を探ってみる。が、そんなものはない。ひたすらきゅうきゅう鳴っているだけだ。腹の虫、というものの存在を初めて教えてくれたのはそういえば知世子と映司だった。「あらあ後藤くん、おなかの虫が鳴いてるじゃない、まかない先に食べちゃっていいわよ」と言っていたのを聞いて、それが何なのかを映司に問いただしてみたのだ。
 なので、腹が減っているんだろう、ということは分かっている。しかし今は夜中だ。知世子と比奈はもちろん店にはいないし、映司もアホ面さらして眠っている。アンクは舌打ちをし、寝床から飛び降りる。とりあえず冷凍庫のアイスで空腹を紛らわすしかない。レストランだけあって食材は豊富にあるが調理の仕方はさっぱりで、泉信吾の記憶を漁ってみてもよく分からない。人間というのは本当に面倒くさい生き物だ、とアンクは思う。火を通したり味をつけたりしないとものを口に入れられない。野菜くらいだったら生でがりがりやればいいのだが、それじゃ味気ない、とつい思ってしまう。この人間の体のせいだ。
 キッチンの明かりをつけ、いつものように冷凍庫を開ける。「アイスは一日一本だぞ!」という貼り紙を見つける。知るか、とつぶやき、アイスの箱の中に手を突っ込む。
「ない」
 アンクは世界の終りのような気分で、「お徳用パック ソーダバー」と書いてある箱を取り出した。振ってもがさがさ、という音がしない。思わず後ろに倒れそうになった。どうしてくれんだ映司の野郎、とうなりたくなったが、あまりの衝撃に声が出ない。後ろの壁に頭がぶつかってごん、と大きな音がする。とはいえいつまでもショックを受けていても空腹が満たされるわけでもないので、アイスの箱を適当に放って冷蔵庫を開ける。そのままで食べられそうなものを探すためだ。目に付くところにあるのは、ブロック肉、各種調味料、ジャム、味噌、クスクシエ特製・なんかの肉の燻製。くらいのものだ。生肉はともかく他は調理しなくてもいける。多分。アンクは手を伸ばして、ジャムと味噌と燻製の入った大きなタッパーを取り出して調理台の上に置いた。椅子に座ってそれらを改めて眺める。腹が一番膨れそうなのは肉だ。しかしタッパーの蓋を開けて中を見てみると、わりとそのまんまの鶏肉が出てきた。羽根をむしって頭を落として火を通しただけの、普通の鶏だ。
 ざーっと血の気が引く。残虐な奴らだ、と思う。タッパーの蓋をそっと戻し、アンクはそれを元通り冷蔵庫にしまった。残酷な光景を目の当たりにしてしまったからかよろよろする。調理台の椅子にうずくまったままじっとしていたら、足音が聞こえてきた。
「何やってんの」
 足音の主は当然ながら映司で、カウンターの向こうで寝ぼけた顔をキッチンの明かりに照らされている。
「こんな夜中にアイス食うなよ」
「もうねえんだよ、馬鹿」
 切らさないように買っとけ、と吐き捨てる声がどこか覇気のないものになっている。映司は一度あくびをし、首をひねりながらキッチンに入ってきた。
「だったらあきらめて寝ればいいのに。何だよ、ジャムと味噌なんか出して」
「うるせえ」
「ああそっか、おなかすいたんだろ」
 映司は呆れたように笑い、冷蔵庫を開ける。さっきの虐殺された鶏の死体を取り出しやしないかとひやひやしたが、結局何も出さずに扉を閉めて戸棚の方へ向かった。
「ほら、カップラーメン。こないだ停電したときにみんなで食べたの、覚えてるだろ」
 アンクはつい舌打ちをする。あのときははしが上手く使えなくて、麺を食べるのに苦労した。けれどおいしくないというわけでは、決してなかった。
「やかんに水入れて、火にかけて。お前も手伝えよ」
 外の包装をぺりぺりと剥きながら細かく指示をしてくるのを全部無視していると、映司はため息をついてやかんに水を注ぎ入れ、コンロの上に置いて点火する。
「それで、お湯沸いたら、蓋を中途半端に開けて、お湯入れて三分待つだけ。簡単だろ?」
 全然簡単に思えない。映司は楽しそうにキッチンタイマーをセットしている。
「お前もこれくらい、自分でできるようになれよ。この先、俺も比奈ちゃんも知世子さんもいないところに行くことがあるかもしれないしさ」
「うるさい」
 確かにそんな日がこないとは言えない。そばでうるさくああしろこうしろと言う奴がいないところで暮らすことがあるかもしれない。そうなったらさぞ清々することだろう。
 二人ともしばらく黙っていたら、デリカシーのかけらもない電子音が鳴った。
「ほらできた。蓋開けていいよ」
 アンクは恐る恐る、テープで適当に止められた紙の蓋を開けて中を覗き見た。塩気のある湯気が顔にかかる。体の記憶と本能が、美味そうだ、と言った。グリードが大量のセルメダルを前にして思うのと一緒の気持ちだ。映司が渡してくれたはしでくたくたの塩辛い麺を持ち上げ、口をつけてすすると、すさまじい勢いで欲望が満たされていくのを感じた。悔しいが、なんの味もしないメダルよりはるかに美味い。
「よかったな」
 なぜか一緒にカップラーメンをすすっている映司は不器用かつ一心不乱にはしを持って食べ続けるアンクを見て、ほっとしたように笑った。
「なんでお前まで」
「付き合ってやってるんだよ。食事は一人よりも誰かと一緒にした方がおいしいだろ」
 馬鹿らしい、とアンクはつぶやき、片方だけ落ちそうになっているはしを持ち直した。これだけは、泉信吾の記憶どおりにはなかなかいかない。
「あ、垂れてる」
 ふたたびカップラーメンに向かおうとしたアンクの顎に、何かが触れた。見下ろしてみると映司の指だ。
「汁。舐める?」
「ああ?」
 片目をつぶり、映司はそのままさっと自分の親指を舐め取る。妙に嬉しそう、というか何だかはしゃいでいる。
「はは、おんなじ味。当たり前か」
「意味分からん」
「楽しいだろ、誰かと一緒だと。まあ、俺としてはお前とじゃなければもっとよかったかな」
 楽しいのはお前だろ、と言いそうになったが言わなかった。なんだって空腹を満たすためだけの行為に、楽しいだのなんだのと余計な付加価値をつけなければ気が済まないのだろう。腹が膨れればそれでいいだろ、とアンクは思う。火が通っていなくても、塩味がついていなくても、美味くなくても、誰もいなくても、たった一人っきりでも。
 映司はその後もはしの持ち方でアンクをからかったり、立方体の肉らしきものの正体について私見を述べてアンクを怖がらせようとしたり(無駄な努力だ)、口の端から垂れたスープを拭ったりして実に楽しそうに食事をしていた。楽しそうだな、と何となく他人ごとみたいにアンクは思った。こいつにもセルメダルを食わせてやりたい。砂を噛むようなのに咀嚼の必要もない、満たされそうで決して満たされない、空虚以外の何ものでもない食事を、こいつにも味わわせてやりたい。
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