config.header.center: "プロローグ"
--
その日は朝から晴天で、風は弱く、五月なのに空気はほとんど夏だった。<br>
<br>
千堂は暑くて目が覚め、布団から起き上がって窓を開けた。<br>
とたんに朝の強烈な日光が開けたばかりの目を直撃して低くうなる。<br>
<br>
陽の高さからすると、時刻はだいたい七時くらいだろう。<br>
朝食の前にロードワークに出るのにちょうどいい時間だ。<br>
世間はまだゴールデーンウィークのさなかであるらしく、通勤中の大人も通学している子供たちの姿もない。<br>
<br>
ささっと身支度をして外へ出るべく居間に足を踏み入れると、すでに祖母が起きていた。<br>
それどころか、すでに店も開いていて、客の姿すらあった。<br>
<br>
子供たちだ。<br>
<br>
>[[次へ->start2]]
>{back link, label: '戻る'}config.header.center: "プロローグ"
--
「何かサービスしてや、子供の日やで」<br>
「今日暑いしアイスがええなあ」<br>
「あかんあかん。朝からアイスなんぞ食うとったらおとんとおかんに怒られるで」<br>
<br>
子供たちの声にそう答えているのは祖母だった。<br>
<br>
「えー、子供の日やで? 怒られへんわ」<br>
「子供の日はあんたら好き勝手してええ日とちゃうんやで。菖蒲湯に入ってちまき食う日や」<br>
「そんなんつまらん。アイスの方がええ」<br>
<br>
いつもの光景だ。<br>
正月明けもバレンタインもひな祭りのときも彼らは同じことを言っていた。<br>
そのたび祖母はサービスしてくれ攻撃をのらりくらりとかわし、逆にものを買わせている。<br>
<br>
「あっ、ロッキーや!」<br>
「ロッキー、何か買うて! 子供の日やで子供の日!」<br>
「キックボードがええ! 自動で走るやつ!」<br>
<br>
子供たちは千堂の姿を見つけるなりわーっと駆け寄ってきて、思い思いのことを叫ぶ。<br>
千堂はうんざりしながら「分かった分かった」と答え、居間の隅にあった段ボールから勝手にチョコ菓子を出して全員に配った。<br>
祖母はあきれ顔だが、電動キックボード全員分を一日中ねだられることに比べればはるかにましだ。<br>
<br>
「お前ら、こないな朝っぱらから何しとんねん。今日まだゴールデンウィークやで。休みの日くらい家で遊んどったらええやんか」<br>
「せやかてここんとずーっと休みなんやで。飽きるわ。おとん寝てばっかでどこも連れてってくれへんし……」<br>
「そや! ロッキーが連れてってくれたらええやん!」<br>
「遊園地行きたい遊園地!」<br>
「水族館がええ! あのでっかいとこ!」<br>
「海! 海!」<br>
<br>
いきなり棒倒しのごとき勢いで詰め寄ってこられてつい「やめんかい!」と叫ぶ。<br>
靴を引っかけただけの状態でその場から逃走し、外に出ると、ウェアの裾をつかまれそうになって急な方向転換をしたせいで、自販機にかすってしまう。<br>
そのとき、柔らかくて大きな「何か」と正面衝突した。<br>
<br>
>[[次へ->start3]]
>{back link, label: '戻る'}config.header.center: "プロローグ"
--
「それ」は、千堂の体と自販機の間に挟まれてぐしゃあ、と音を立てた。<br>
薄いビニール袋と段ボールの感触が肩のところで柔らかく潰れる。<br>
<br>
「……? 何やこら」<br>
<br>
自分の背丈と同じくらいの「それ」を、少し離れてから眺める。<br>
<br>
ピンク色のビニール。<br>
<br>
段ボール。<br>
<br>
くたくたになったバスタオルとおぼしきもの。<br>
<br>
それらが組み合わさり、ちょうど千堂と同じ目線のところに段ボールで作られた目と眉がある。<br>
目の台座には綿が詰まったビニール袋がある。<br>
つまり頭部だ。<br>
その頭は首のところでぽっきり折れて九十度以上傾いてしまっている。<br>
<br>
「……ロッキーが等身大ロッキー人形壊した!」<br>
「ワイらが一生懸命作ったやつ壊した! 誕生日プレゼントやったのに」<br>
<br>
一人がうわー!と絶叫し、もう一人がわーん!と泣き出す。<br>
どこからどう見てもウソ泣きなのだが、プレゼントとやらを壊してしまったことは事実なので突っ込めない。<br>
<br>
というか、いま何と言った?<br>
<br>
「等身大ロッキー人形……やと……?」<br>
<br>
思い切り首を傾け、頭が折れたその人形らしきものを眺める。<br>
<br>
ぜんぜん似ていない。<br>
肌はショッキングピンクだし、髪はおざなりに黒のマジックで数本書かれただけだし、目は左右で大きさが違いすぎるし鼻は存在していないし口はおざなりに黒いマジックでVの形に書かれているだけだ。<br>
<br>
だが、下半身だけは本気だった。千堂の試合用のトランクスとシューズが見事に再現されている。<br>
古いシーツや古いバスタオル、黒いゴミ袋などで作られたそれは、小学生なりの「本気」を感じた。<br>
おそらくここで時間と体力を使い果たし、素体の製作が間に合わなくなったのだろう。<br>
<br>
「何や、よおできとるやないか」<br>
<br>
破れかけたビニールの頭をとんとんと叩き、明るい声でそう言うと、子供たちはおずおずと顔を上げた。<br>
<br>
「シューズの皮のテカテカ感までよう再現されとるわ。ワイを驚かせよ思て朝っぱらから騒いどったんやろ。おおきにな」<br>
「……」<br>
<br>
全員が照れくさそうな顔をしたまま黙っている。いつもの生意気で騒がしい様子からはあまり想像のできない反応だ。<br>
<br>
「壊してもうてすまんな。きっちり直すさかい、ちょう待っとれ」<br>
「……今日中」<br>
「あん?」<br>
<br>
その場にいる全員がいっせいに顔を上げる。<br>
<br>
「今日中に直してえな。ロッキーと等身大ロッキー人形が殴り合うとる写真撮ってくる、てみんなのおかんに言うてもうたんや」<br>
「ああんっ?」<br>
「せやから今日中に直らんと困んねん。早よ直してえなロッキー!」<br>
<br>
そやそや、と声をあげ、ふたたび棒倒しのごとく迫ってくる。<br>
<br>
確かに、壊したのは悪い。<br>
連休を潰して作ってくれたのだろうし、千堂の誕生日をおぼえていてくれたことにも多少は感謝しなければならない……のかもしれない。<br>
だが年に一度しかない誕生日を自分の人形の修理に費やすはめになるとは思わなかった。<br>
<br>
>[[次へ->start4]]
>{back link, label: '戻る'}config.header.center: "隣家"
--
ごんごん、と音をさせ、隣家の玄関扉を叩く。<br>
<br>
昔ながらの店舗なのでインターフォンなどはなく、用があるときは戸口に立って「ごめんください」と声をかけるかこうして扉を叩くしかない。<br>
隣の家は地元の不動産屋の店舗でもあり、千堂の家と同じく連休など関係なく営業している。<br>
<br>
ごんごん、ともう一度戸を叩く。<br>
老夫婦二人で経営している店だから起きていないことはないはずなのだが、返事がない。<br>
ここは千堂が不良をやっていたころさんざん迷惑をかけた店のひとつでもある。<br>
だが近所づきあいはしているし、居留守を使われるような覚えはない。<br>
<br>
……と思っていると、がらがらと戸が開いて中からパジャマ姿の老人が出てきた。<br>
この家のあるじだ。<br>
<br>
「……ちょう早ないか、ロッキー」<br>
<br>
隣家の主人は目をしぱしぱさせながらそう言った。普通にまだ寝ていたらしい。<br>
<br>
「こないな朝に何ぞ用かいな」<br>
「おっちゃん、すまんがセロテープかガムテープ貸してくれへんか。ガキどもが作った誕生日プレゼント壊してもうての」<br>
「誕生日……? 何や、今日誕生日やったんか!」<br>
<br>
老人はそう言うとにわかに後ろを振り返り、カウンターの奥から何か取り出して千堂に差し出した。<br>
<br>
>[[次へ->wara01]]
>{back link, label: '戻る'}config.header.center: "星の家"
--
今どきセロテープなんかコンビニでも売っているのだし、わざわざ朝からこんなところまで来なくていいような気もしたが、来てしまった。<br>
星が普段から御用聞きのごとくそばにはべっているせいだ。<br>
<br>
千堂は細かい作業を始めるとすぐにイライラして投げ出してしまうから星がいてくれた方がいい。<br>
ああ見えてなかなか手先が器用だし、この等身大ロッキー人形もうまいこと直してくれるに違いない。<br>
<br>
ためらうことなくインターフォンを押し、しばらく待つ。<br>
早すぎるかもしれない、と恐れる気持ちはない。<br>
星の家にはいつも自由気ままな時間に押しかけているから、いまが訪問に適した時間かどうかを考える感覚すらないのだ。<br>
<br>
応答がないからもう一度押して待っていると、空手着を着た星が弾丸のごとく玄関から飛び出してきた。<br>
<br>
<br>
<br>
>[[次へ->ude01]]
>{back link, label: '戻る'}config.header.center: "なにわ拳闘会前"
--
気が付いたら、いつの間にかジムの前に来ていた。<br>
<br>
ここなら確実にテープがあると分かっているわけではない。<br>
テープを買う金を惜しんだわけではない。<br>
<br>
が、勝手知ったる場所から何となく安心感がある。<br>
学校にはほとんど通わなかった千堂だが、もしかしたらこれは学生が学校に抱くのと同じ種類の親しみなのかもしれない。<br>
<br>
ここが自分の居場所だ、という揺るがぬ思い。<br>
<br>
すう、と息を吸い、いつものように引き戸に手をかけると、当然ながらまだ閉まっていた。<br>
<br>
「何でやっ!?」<br>
<br>
ガタガタと扉を揺らす。<br>
<br>
しかし、閉まっている理由は分かっている。<br>
早すぎるからだ。<br>
朝の八時なんていう時間にジムが開いているわけがない。<br>
誰かが来るとしたら、早くても昼過ぎだろう。<br>
<br>
<br>
>[[あきらめて他の場所でテープを探す->tape-default]]
>[[ジムの前でもう少し待ってみる->R1-1]]
>{back link, label: '戻る'}config.header.center: "近所のコンビニ"
combini:combini+1
--
[if fight > 0]
テープとファイト一発を同時に買える店といえば、やはりコンビニだろう。<br>
[else]
欲しいものはテープだけだから文房具屋でもよかったが、盆でも正月でも祝日でも間違いなく開いていると言える店などコンビニくらいしかない。<br>
[continue]
数分歩いて大きな通りへ出て、一番近くにあるチェーンのコンビニ店に足を踏み入れる。<br>
<br>
文具が置いてあるのは窓側の陳列棚の裏だ。<br>
レジの目の前を通り過ぎて一直線に向かおうとすると、店員がすさまじく不審なものを見る目で千堂を見ていることに気づいた。<br>
思わずにらみ返そうとして理由に思い当たる。<br><br>
不審者扱いの元凶はこれではないだろうか。<br>
背中に背負ったままの等身大ロッキー人形。<br>
まあ確かに、大事そうに持ち運んでいたらぎょっとされてもおかしくないフォルムではある。<br>
<br>
その若い店員に笑顔を向け、どうにか言い訳をしようとすると、彼が恐ろしげな顔で見ているものが自分ではなかったことにようやく気がついた。<br>
<br>
千堂の斜め後ろに、男が立っている。<br>
<br>
年は三、四十ほどの中年、体格は同じくらいで、チンピラっぽい雰囲気はない。<br>
だが店員がおびえた目を向けているのは、その男の容貌のせいではない。<br>
<br>
男が手に拳銃を持っているからだ。<br>
<br>
<br>
>[[次へ->tate01]]
>{back link, label: '戻る'}config.header.center: "プロローグ"
--
「……まあしゃあないわ。夕方までには直すさかい、待っとれ」<br>
「約束やで!」<br>
<br>
子供たちは千堂の腕をばしばしと叩きながらそう言い、走り去っていく。<br>
その場に残されたのは千堂と祖母と、等身大ロッキー人形だけ。<br>
<br>
はああ、とため息をつき、ビニールでできた人形を背負って家の中に入る。<br>
<br>
「壊れた」とはいっても首のところが折れただけだ。頭を支えている段ボールをテープか何かで止めればすぐに元通りになるだろう。<br>
<br>
>[[次へ->start5]]
>{back link, label: '戻る'}config.style.page.style: 'shadow'
config.body.transition.name: 'crossfade'
config.style.backdrop: "gray-2"
config.style.page.color: "gray-9 on gray-0"
config.style.page.link.font: "underline"
config.style.page.link.color: "red-5"
config.style.page.link.lineColor: "white"
config.style.page.link.active.color: "red-9 on red-0"
config.style.page.link.active.lineColor: "white"
config.style.googleFont: '<link href="https://fonts.googleapis.com/css?family=BIZ+UDPMincho&display=swap" rel="stylesheet">'
config.style.page.font: 'BIZ UDPMincho'
config.style.page.header.font: "14"
config.style.page.header.link.font: "small caps"
config.style.page.footer.font: "14"
config.style.page.footer.link.font: "small caps"
--
**<font color="gray" size="+3">誕生日のけものたち</font>**
<br>
<br>
<br>
この作品は個人による『はじめの一歩』の**二次創作**です。<br>
原作、アニメシリーズ、あらゆる公式作品とは関係ありません。<br>
<br>
5/5の誕生日の日、千堂さんとなにわ拳闘会の皆さんが日常のささいな事件に巻き込まれていく話の**ノベルゲーム**です。<br>
全年齢向け、カップリング表現などはありません。<br>
<br>
<br>
<br>
**[[ゲームを始める->caution]]** ~(ゲームに関する説明から始まります)~<br>
<br>
<br>
~選択肢のあるセクションからやり直す方は[[こちら->start5]]から~
<br>
<br>
作った人 / まち子 {link to: 'https://twitter.com/ei_wk8', label: 'twitter'}hoshi:0
yanaoka:0
kaichou:0
ticket:0
combini:0
sensei:false
juken:0
true:0
fight:false
gym:false
denwa:false
yana:false
config.header.center: "自宅"
--
と、思っていたが、ひとつ問題が起きた。<br>
<br>
「……ない」<br>
<br>
家じゅうを引っ搔き回して探したが、セロハンテープがない。ガムテープもない。<br>
どうにか段ボールを貼り付けられそうなものはサージカルテープと絆創膏と湿布だけだ。<br>
首が折れたところに医療用テープや絆創膏が貼ってあったらリアルな怪我感が出てしまうし、何だか縁起も悪い。<br>
どこかで手に入れるか買いに行くしかない。<br>
<br>
誕生日とはいえ練習をサボるわけにはいかないから、手早く済ませてしまいたい。<br>
<br>
さて、どこでテープを手に入れよう?<br>
<br>
>[[隣の家->R3]]
>[[星の家->R2]]
>[[ジム->R1]]
>[[近くのコンビニ->R0]]
>{back link, label: '戻る'}config.header.center: "隣家"
--
「? 何やこら」<br>
<br>
それは一枚のチケットだった。<br>
「〇〇美術館 ●●展」。<br>
チケットには何やらカラフルな絵とともに、今日までの会期であることが記されている。<br>
<br>
「お客さんにもろたんやけど行かんままで終わってもうてな。若いんやから行くやろ? 美術館」<br>
「行かんわ。何しに行くねんそないなところ」<br>
「そらデートやがな! 若いんやから彼女の十人や二十人おるやろ」<br>
<br>
がはは、と笑い、隣家の老人はチケットを手に押しつけてきた。<br>
<br>
「お誕生日おめでとうさんや。これからも応援しとるで、ロッキー」<br>
<br>
>[[次へ->wara02]]
>{back link, label: '戻る'}config.header.center: "道ばた"
ticket:ticket+1
--
隣家を出た千堂は、手の中にある二枚のチケットを眺めたままとぼとぼと歩き続けていた。<br>
<br>
行き先があるわけではない。<br>
<br>
等身大ロッキー人形を背負ったままであることも、セロテープを探していたことも忘れ、考え事をしながら歩いている。<br>
<br>
もちろん考え事とはチケットのことだ。<br>
<br>
美術館になど行ったこともない。<br>
<br>
隣家の主人は「デートで行け」などと行っていたが、このチケットは今日までだ。<br>
今日中に二枚使い切らなければならないということになる。<br>
<br>
<br>
いったいこのチケットをどうしよう?<br>
<br>
>[[誰かを誘って一緒に行く->wara03-1]]
>[[誰かにチケットを譲る->wara03-2]]
>[[とりあえず等身大ロッキー人形の修理を優先する->wara03-3]]
>{back link, label: '戻る'}config.header.center: "道ばた"
ticket:ticket+2
--
美術館になどまったく興味はないが、捨てたり人に押しつけたりするなら自分で使ってしまってもいいかもしれない。<br>
デートする相手などはいないが、二枚あることを考えれば誰か誘った方がいいだろう。<br>
<br>
誰を誘おう?<br>
<br>
>[[柳岡->yana01]]
>[[星->hoshi01]]
>[[祖母->sobo01]]
>{back link, label: '戻る'}config.header.center: "道ばた"
ticket:ticket+1
--
自分で行かないなら誰かに押しつけ……いや、譲るべきだろう。<br>
二枚しかないことを考えたら、あの子供たちでなく大人である方がいい。<br>
<br>
<br>
誰に譲ろう?<br>
<br>
>[[柳岡->yana01]]
>[[星->hoshi01]]
>[[その辺を歩いている見知らぬ人->mob01]]
>{back link, label: '戻る'}config.header.center: "道ばた"
--
とりあえず今はこの等身大ロッキー人形を修理しないと何もできない。<br>
こいつを背負ったまま動き回ったら、なくすかさらに壊すかするのがおちだ。<br>
<br>
進行方向を百八十度変え、自宅へ向かって歩き出す。<br>
<br>
さて、どこでテープを手に入れようか?<br>
<br>
<br>
[if kaichou > 0]
>[[星の家->R2]]
>[[近くのコンビニ->R0]]
[else]
>[[星の家->R2]]
>[[ジム->R1]]
>[[近くのコンビニ->R0]]
[continue]
>{back link, label: '戻る'}config.header.center: "道ばた"
--
柳岡にしよう。<br>
<br>
柳岡も特に美術館に興味などなさそうではあるが、いつもそれなりに迷惑をかけているので罪滅ぼし的な意味で。<br>
<br>
さっそくジムへと方向転換し、等身大ロッキー人形を背負ったまま走り出す。<br>
綿の詰まったビニール袋がぱたぱたと背中に叩きつけられる。<br>
時間が早いためか、幸い奇異の目で見られることもない。<br>
<br>
走り続けて数十分、ようやくジムに着くと、当然ながらまだ閉まっていた。<br>
<br>
>[[次へ->yana02]]
>{back link, label: '戻る'}config.header.center: "道ばた"
--
星にしよう。<br>
<br>
星も千堂と同じく美術館に縁のありそうな男には見えないが、来いと言えば確実に来る相手、と言って一番に思いつくのは星だ。<br>
<br>
どうせゴールデンウィーク中で暇だろうし、デートの予定などもたぶんないだろうし、むしろ泣いて喜ぶかもしれない。<br>
<br>
等身大ロッキー人形を背負い直し、星の家がある方向へと走り出す。<br>
ついでに星にセロテープかガムテープを借りよう。<br>
チケットを消化できて人形も直せる。<br>
一石二鳥だ。<br>
<br>
<br>
<br>
>[[次へ->hoshi02]]
>{back link, label: '戻る'}config.header.center: "なにわ拳闘会前"
--
等身大ロッキー人形を背負ったまま「何でやあっ!?」と叫んでいると、何者かに後ろから声をかけられた。<br>
額に青筋を浮かべながらも振り向くと、そこには会長の姿があった。上下ジャージの軽快な出で立ちだ。<br>
<br>
「早いやないか千堂。こないな朝から何しとんねん」<br>
<br>
少し息が弾んでいて、顔が赤い。<br>
首からタオルを下げているところを見ると、ジョギング中なのだろう。<br>
<br>
「柳岡はんに用があんねん。いつ来る? 中で待っとってええか?」<br>
「いくら待っとっても柳岡は今日来おへんで。昨日言うとったやろ」<br>
「……?」<br>
<br>
そういえばそんなことを言われたような気もする。<br>
うろおぼえだが確かこう、どこかに用事があるとか何とか……?<br>
<br>
「ワイをほっぽってどこに行っとんねん、柳岡はんは」<br>
「どないな用かは言うとらんかったが、憂鬱そうな顔しとったから親戚の法事か何かとちゃうか? 急ぎの用やったら電話してみたらどないや」<br>
<br>
あごに手を当てて少し考える。<br>
[if ticket > 2]
早く済ませてしまいたいのはやまやまだが、さすがに法事中に誘うわけにはいかないだろう。
<br>
[else]
早く押しつけたいのはやまやまだが、美術館のチケットごときのために法事中呼び出したら叱られそうだ。<br>
[continue]
「ま、ええわ」<br>
「ええんか?」<br>
「たいした用とちゃうわ」<br>
<br>
ため息をつきつつそう答え、不思議そうな顔をしている会長を見る。<br>
<br>
目的の人物ではないが、彼も知り合いには違いない。<br>
<br>
[if ticket > 2]
<br>会長を美術館に
<br><br>
>[[誘う->kaichou01]]
>[[誘わない->yana03]]
>{back link, label: '戻る'}
[else]
会長にチケットを<br>
<br><br>
>[[譲る->kaichou01-1]]
>[[譲らない->yana03]]
>{back link, label: '戻る'}
kaichou:kaichou+3
config.header.center: "なにわ拳闘会前"
--
「会長はん、今日この後空いとるか?」<br>
「な、何や? 嫌な予感しかせえへんな……」<br>
<br>
急に身構えられる。<br>
普段彼には無茶な頼み事しかしていないから当然と言えば当然だ。<br>
<br>
千堂は仕方なくポケットに手を突っ込み、さっきもらった美術館のチケットをひらひらとかざしてみせた。<br>
<br>
「近所のおっちゃんにもろたんや。今日までいう話やさかい、今日中に使わんとあかんと思てな」<br>
「ほお、なかなか感心な心がけやのう。ええで。ジム開く前に行こか」<br>
「今これからや」<br>
「これからっ!?」<br>
<br>
腕時計と千堂の顔を交互に見る。<br>
<br>
「これからて、急すぎひんか。まだ八時半やで」<br>
「九時から開いとるて書いてあんねん」<br>
「せやけど……まあええか。早よ済ませた方がええな」<br>
<br>
うんうんと頷き、会長を促して通りを反対方向へ歩き出す。<br>
会長はようやく等身大ロッキー人形の存在に気付いたのか、千堂が背負っている謎の物体を見て「何やそら」とつぶやいた。<br>
<br>
「近所のガキどもが作ったワイの人形やと。顔はええ加減やけど服とシューズはようできとるで」<br>
「子供らに愛されとるのう」<br>
<br>
誇らしげな笑いとともにそんなことを言われた。少し照れくさくなって歩みを早め、どんどん先へと進んでいく。<br>
<br>
そのまま大通りに出ると、道の途中で思わぬ人物と鉢合わせた。<br>
<br>
<br>
>[[次へ->kaichou02]]
>{back link, label: '戻る'}config.header.center: "なにわ拳闘会前"
kaichou:kaichou+1
--
「ん? 何や、どないした」<br>
「……何でもあらへん」<br>
<br>
偶然知り合いに会えるチャンスを逃すのは惜しいが、朝ラン中の会長をつかまえて美術館に引っ張っていくのはいくら自分でもさすがに勝手が過ぎるのではないかという気がした。<br>
元々まったくない信用がさらになくなってしまう。<br>
<br>
そのまま会長に別れを告げ、とぼとぼと歩き出す。<br>
いつも目の前のことに夢中になって、元々何を考えていたのかを忘れてしまう。<br>
自分はいったい何をしようとしていたのだったか。<br>
<br>
<br>
>[[美術館のチケットを消化する->bijutu01]]
>[[等身大ロッキー人形を直す->wara03-3]]
>{back link, label: '戻る'}config.header.center: "道ばた"
--
「何や、千堂やないか。朝っぱらからどないした」<br>
<br>
そこにいたのは、ついさっきまで血眼で探していた柳岡だった。<br>
だが法事に行くにしては黒い礼服も着ていないし、黒いネクタイもしていない。<br>
<br>
「おお、会長も一緒なんですか。二人でどこ行くんです?」<br>
「いや、そのなあ……」<br>
<br>
会長が妙に言いづらそうに口ごもっている。<br>
<br>
今日の柳岡は、どう見ても法事スタイルではない。<br>
かといって、いつも通りの服装でもない。<br>
何だかこう、全体的にめかしこんでいるというか気合が入っているというか、少し突っ込みづらい格好なのだ。<br>
<br>
仕立てのよさそうな新品のスーツ、見たことのない柄のネクタイ、散髪したてと思われる髪、ぴかぴかに磨かれた眼鏡。<br>
<br>
思わず会長と目を見合わせる。<br>
もしかしたら柳岡の用とは、デートか何かなのではないか……?<br>
<br>
「邪魔してすまんのう、柳岡。楽しんでくるんやで」<br>
「はあっ?」<br>
「千堂のことはしっかり面倒見とくさかい、心配ごとは忘れて今日一日パーッと盛り上がって、」<br>
「何の話です?」<br>
<br>
柳岡はあきれたように会長を見返し、ついでに千堂にも視線を向ける。<br>
<br>
「お前もさっきから何を黙っとんねん千堂。笑いこらえとんのは分かっとんねんで」<br>
「別に何でもないわい。黙っとんのは気遣いや。アンタかて行き先をあれこれ詮索されたないやろ」<br>
「行き先て何や。何を勘違いしとるんか知らんが、ワイはこれから試験やで。この格好も面接用や」<br>
「試験っ!?」<br>
<br>
ふたたび会長と目を見合わせる。<br>
柳岡は気まずそうな様子で頭の後ろを掻き、先を続けた。<br>
<br>
「そや。試験や」<br>
「何の!?」<br>
「そら、決まっとるやろ。今までは考えもせえへんかったがいつまでも通訳に任せきりじゃあかん思うて、思い切って受けることにしたんや」<br>
<br>
それを聞いてピンときた。<br>
会長も同じことに気づいたらしく、深く頷いている。<br>
<br>
「スペイン語検定かいな」<br>
「そうです。まだビジネス会話がでけるレベルにはいっとらんのですけど、大急ぎで勉強すれば千堂の世界戦までには多少分かるようになるかと思いまして……」<br>
<br>
ほおお、と会長が感嘆のため息をついた。<br>
千堂も、メキシコでの通訳など例の知り合いに任せておけばいいくらいにしか思っていなかった自分を恥じ……たりはしないが、ほおお、とは思った。<br>
柳岡のことだから、やるといえばやるのだろう。<br>
<br>
「で、何時からなんや、その試験とやらは」<br>
「午後からなんですが、実は受験票をなくしてもうて探し回っとるところなんですわ」<br>
<br>
困ったように眉を下げ、柳岡は小さな声でそう答えた。<br>
<br>
「家にないならジムにあるんちゃうか。昨日でっかい荷物持ってきとったやろ」<br>
「ジムはさっき探したんです。せやけどどこにもなくて……お前知らんか、千堂。黒い革の手帳に挟まっとったんやけど」<br>
<br>
眉間にしわを寄せつつ首をかしげる。<br>
普段、柳岡の私物など注意して見ていない。<br>
が、黒い革の手帳なら、どこかで見たようなおぼえがある。<br>
<br>
「……どこで見たんやったかのう」<br>
「心当たりでええんや。何か思い出したことがあるんやったら言うてくれ」<br>
<br>
ますます急角度で首を傾け、必死で記憶を探る。<br>
手帳を見ながら「警察」とか「一億円」とか、そんな単語の入った会話をしたような……。<br>
<br>
「思い出せへん。せやけど、たぶん昨日見た」<br>
「昨日、いうことはジムでやな?」<br>
「そうかもしれへんが、分からん。その辺の道ばたでかもしれんし家かもしれん」<br>
「お前の記憶、フワフワしすぎやで」<br>
<br>
柳岡ははああ、と深いため息をつくと、気を取り直したように背すじを伸ばした。<br>
<br>
「とりあえずもういっぺんジム探してみますわ。時間取らせてすんません、会長」<br>
「おう。見つかるとええな」<br>
<br>
はい、と答え、柳岡はくるりと背を向ける。<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
>[[このまま柳岡を行かせる->ed04]]
>[[受験票探しを手伝う->kaichou03]]
>{back link, label: '戻る'}ticket:ticket-2
config.header.center: "道ばた"
--
そうだ、祖母を誘おう。<br>
普段好き勝手ばかりしてまったく祖母孝行などしていないのだからちょうどいい機会かもしれない。<br>
<br>
しかし急いで自宅に戻り、隣人に美術館のチケットをもらった経緯を話してから誘うと、あっけなく断られた。<br>
<br>
「ワテがおらんかったら店開けられへんやないか」<br>
「ええやんんか今日一日くらい。連休なんや、どうせあれ以上客こおへんで」<br>
<br>
ため息をつきつつそう言うと、祖母はあきれ顔を向けてきた。<br>
<br>
「子供の日に子供相手の商売せんでどないすんねん。駄菓子屋は信用商売なんや」<br>
「……ガキのころから毎年それ言うとるが、子供の日はワイの誕生日やで」<br>
<br>
何だか拗ねた口調になったことを少し後悔した。<br>
老人が一人で子供を育てるのは大変だ。<br>
すべきことは際限なく増えていき、自分がやらないとひとつも片付かない。<br>
だいたい祖母は孫の誕生日でも店を閉めなかっただけであって祝ってくれなかったわけではないのに、これでは責めているように聞こえる。<br>
<br>
祖母は膝に乗せたトラの背中を撫でつつ「分かっとるよ」と小さくつぶやいた。<br>
<br>
「小さいころから、仕事仕事で誕生日も夏休みもどこも連れてかれへんかったなあ。寂しい思いさせたやろ」<br>
「そんなんはええ。ばあちゃんが行かんなら誰か別のもん誘うわ」<br>
<br>
わざとぶっきらぼうに答えて背を向ける。<br>
すると、祖母はあきれた口調でこう言った。<br>
<br>
「またそれ背負って行くんかいな」<br>
<br>
目線が背中に向いている。<br>
「それ」とは、等身大ロッキー人形のことだ。<br>
<br>
「そや。ないと直さなあかんこと忘れてまうやろが」<br>
「置いていき。せっかくええチケット持っとんのにそないなもん持っとったら誰も引っかけられへんやろ」<br>
<br>
どっと脱力した。<br>
どうやら「二枚のチケット」という存在は祖母にはナンパの道具だと思われていたらしい。<br>
<br>
「……ばあちゃん。夕方までにこれ直さんとあかんの知っとるやろ。今は女引っかけて遊んどる場合とちゃうねん」<br>
「セロテープくらい五秒で見つかるやろが。もたもたしとらんでさっさと直してさっさと行き」<br>
「もたもたなんぞしとらんわっ」<br>
<br>
そう答えつつもどきりとした。<br>
確かに、チケットのことなど考えている場合ではなかったかもしれない。<br>
とりあえずチケット問題は忘れ、改めて等身大ロッキー人形の問題と向き合うことにした。
<br>
<br>
とりあえずテープを手に入れないと話にならない。<br>
チケットの件でだいぶ時間を食ってしまったことだし、近所のコンビニでさっさとテープを買ってさっさと直してしまおう。<br>
<br>
<br>
<br>
>[[次へ->R0]]
>{back link, label: '戻る'}config.header.center: "道ばた"
--
等身大ロッキー人形の修理もしなければならないが、このチケットをどうにかしないと収まらない。<br>
<br>
[if ticket > 2]
いちいち訪ね歩くのも時間の無駄だし、確実に自宅にいる祖母を誘おう。<br>
>[[次へ->sobo01]]
[else]
いちいち訪ね歩くのも時間の無駄だし、もうその辺を歩いている見知らぬ人にチケットを譲ってしまおう。<br>
>[[次へ->mob01]]
[continue]
>{back link, label: '戻る'}config.header.center: "道ばた"
ticket:ticket-2
--
早く人形の修理をしないとならないというのに、知り合いを訪ね歩く時間はない。<br>
道ゆく人に声をかけて譲った方が早い。<br>
<br>
さっそくあたりをきょろきょろ見回し、通勤中と思われる大人、犬の散歩をしている老人、大きな楽器ケースを持って駅に向かっている若者、手を繋いで歩いているカップルなどに片っ端から声をかける。<br>
<br>
しかし受け取ってもいいと言ってくれる人はなかなか現れなかった。<br>
<br>
だんだん面倒になってきて酔っぱらいの多い裏通りに足を踏み入れ、眠そうな顔で煙草を吸っているチンピラ風の男の前に立つ。<br>
<br>
男は突然現れたジャージ姿の人影に驚き、「何やこらあ」と声を荒げたが千堂の顔を見ると急に小さくなった。<br>
<br>
「ヒッ! ……お、おはようございます千堂さん!」<br>
<br>
チンピラ風の男は煙草を落とし、とんでもない角度でお辞儀をし始める。
<br>
<br>
「おいこら、ポイ捨てしたらあかんやろが。後で拾っとくんやで」<br>
「は、はい! それで、今日は何の御用で……?」<br>
<br>
別にまだ何もしていないのに哀れなほど怯えている。<br>
<br>
この男は大昔、千堂が不良界隈でトップをキメていたころの手下だ。<br>
そこそこ腕が立つので今は大きなクラブの用心棒をやっている。<br>
<br>
「お前、今日暇かいな」<br>
「へ!? ひ、暇です! 暇で暇でしゃあないです!」<br>
「せやったらこれ受け取れや。ええ時間過ごせるで」<br>
<br>
男のごつい手のひらにヒラ……とチケットを乗せ、「ほな」と言い捨ててその場を離れる。<br>
<br>
ほぼ無理やりだがとりあえずチケットは片付いた。<br>
<br>
これでロッキー人形の修理に戻れる。<br>
<br>
<br>
ずいぶん時間がかかってしまったことだし、テープは近所のコンビニで手に入れてしまおう。
<br>
<br>
<br>
>[[次へ->R0]]
>{back link, label: '戻る'}kaichou:kaichou+2
ticket:ticket-1
config.header.center: "なにわ拳闘会前"
--
「会長はん、今日何か予定あるか?」<br>
「な、何や? 嫌な予感しかせえへんな……」<br>
<br>
急に身構えられる。<br>
普段彼には無茶な頼み事しかしていないから当然と言えば当然だ。<br>
<br>
千堂は仕方なくポケットに手を突っ込み、さっきもらった美術館のチケットをひらひらとかざしてみせた。<br>
<br>
「近所のおっちゃんにもろたんや。今日中に使わんとあかんが、受け取ってくれへんか」<br>
「ほお、美術館かいな。心の洗濯になるかもしれんな。おおきに」<br>
<br>
会長にチケットを手渡し、ほな、と挨拶をして来た道を戻る。<br>
<br>
チケットは何とか片付いた。<br>
これで心おきなくロッキー人形の修理に戻れる。<br>
<br>
ずいぶん時間が経ってしまったことだし、とりあえず近所のコンビニでテープを手に入れよう。<br>
<br>
<br>
>[[次へ->R0]]
>{back link, label: '戻る'}config.header.center: "近所のコンビニ"
hoshi:hoshi+0
yanaoka:yanaoka+0
kaichou:kaichou+0
--
かつて不良界隈のトップをキメていたこともあった千堂だが、拳銃を持った男とケンカしたことはない。<br>
実物を見たこともない。<br>
<br>
銃弾の飛び交うスラムを生き抜いてボクサーになったヤバい男どもの話は何度も聞いたし、実際に手を合わせたこともあるが、まぐれ当たりで死ぬ可能性のある拳銃を相手に戦い抜けるかと問われたら、「やってみないと分からない」としか答えられない。<br>
<br>
「レジの中の現金を全部出せ」<br>
<br>
男は謎の人形を背負った千堂には目もくれず、体の脇に拳銃を構えたままレジの店員にそう告げた。<br>
しかし店員は真っ青な顔をしたまま固まっていて、レジを操作するそぶりも見せない。<br>
<br>
空気はしばらく硬直したままだったが、「出せ言うとるやろが!」という叫び声が店内に響き渡ると若い男性店員は嗚咽のような声を漏らした。<br>
<br>
そのとき、体が勝手に動いた。
<br>
<br>
[if yanaoka > 2]
>[[次へ->tate02]]
[else]
>[[次へ->ed01]]
[continue]
>{back link, label: '戻る'}config.header.center: "近所のコンビニ"
--
「やめえ、千堂。相手は凶器持ってんねんで」<br>
<br>
瞬時に男に飛びかかろうとした千堂の腕を柳岡がそっとつかんだ。<br>
筋肉に力が入る寸前に止められたから、傍目からは千堂がぴくりとも動いていないように見えているだろう。<br>
<br>
「やたらに刺激したらあかん。他にやり方考えな」<br>
<br>
柳岡はさりげなく斜め後ろを向き、ぎりぎり男に聞こえないようにそうささやいた。<br>
<br>
「まずは店員を何とかせな。あれじゃ撃たれてまうで」<br>
<br>
若い店員はいまだに硬直したまま、男がどれだけ怒鳴っても脅しても反応できないでいる。<br>
<br>
[if kaichou > 0]
>[[店員に声をかける->tate03]]
>[[男に声をかける->ed02]]
[else]
>[[次へ->ed02]]
[continue]
>{back link, label: '戻る'}config.header.center: "近所のコンビニ"
--
等身大ロッキー人形を投げ捨て、真横から男に飛びかかる。<br>
<br>
急に攻撃されることを予期していなかったのか、男はそのまま横倒しになり、コンビニの狭い床に二人して倒れ込む。<br>
<br>
まず拳銃を離させようとしたが引き金のところに指が引っかかっていてうまく離れない。<br>
<br>
抵抗をやめさせるため馬乗りになって押さえ込み、上から殴りつけようとしたとき、体の芯まで揺さぶられるような破裂音が店内に響き渡った。<br>
<br>
自分が撃たれたのだと思った。<br>
銃口は上を向いていたし、熱を持った何かがすぐそばを通り抜けるような感触もあった。<br>
しかし痛みも衝撃もない。<br>
上からぱらぱら破片が落ちてきているのを見るに、おそらく天井に当たったのだろう。<br>
<br>
そのとき呑気な入店音と、甲高い悲鳴がした。<br>
<br>
新たに来た客だ。<br>
<br>
「レジの兄ちゃん、いま客入れたらあかんで!」<br>
<br>
とは言っても、引き金に指をかけている男が床に転がっている限り店員にはどうにもできないだろう。<br>
うかつに動いたら弾に当たるかもしれないし、そもそも硬直が解けているかどうかも怪しい。<br>
<br>
[if hoshi > 2]
「星、ぼけっとしとらんでそこの兄ちゃん店からどかせえ!」<br>
<br>
どうにか千堂に助力しようとしていた星を叱り飛ばし、店員や客を逃がして避難させる。
<br>
さらに星には入り口での見張りと通報を頼み、狭い店内に男と二人きりになる。<br>
<br>
これで思う存分格闘できる。<br>
どれだけ強く拳銃を握りしめていようと、殴って気絶させればこっちのものだ。<br>
<br>
[else]
人手が欲しい、と切実に思った。<br>
この男一人なら、自分だけでもどうにかできる。<br>
だがそれだけではここにいる店員や客たちに危険が及ぶ。せめて店内から出さないと、危なくて殴ることもできない。<br>
<br>
キミの仕事じゃないでしょう、と叫ぶ悲痛な声を思い出す。<br>
<br>
分かっている。<br>
こんなのは警察に任せておけばいいということも、たくさんやり残しのある人生を賭けてまですることではないのも分かっている。<br><br>
だが力のある者は責任もある。<br>
そういう人間が危険も顧みずに身を挺することの意味を、その功罪を、千堂は誰よりもよく知っている。<br>
<br>
拳銃をつかんでいる手を必死で押さえ込み、引き金にかかった指と格闘しながら、必死で声をかけて店員を避難させ、客を中に入れないように見張つつ男の顔を何発か殴る。<br>
<br>
[continue]
しかし拳銃がある方の腕に思い切り重心をかけているから思うように角度がつかない。<br>
凶器を奪うために気絶させたいだけなのに、これ以上殴ったら殺してしまいかねない。<br>
<br>
銃を持った男を取り押さえるためとはいえ、プロボクサーが人を殴り殺して不問にならないわけがないだろう。<br>
<br>
おまけに逮捕までされていいことなしよ、と叫ぶ懐かしい声が脳裏に蘇る。<br>
<br>
そうかもしれない。それでもやらなければならない。
<br>
<br>
<br>
[if hoshi > 2]
>[[銃を持っている男を殴り続ける->ed01-1]]
>[[星を呼び戻す->ed01-2]]
[else]
>[[次へ->ed01-1]]
[continue]
>{back link, label: '戻る'}config.header.center: "近所のコンビニ"
--
「なあ兄ちゃん、固まっとる場合とちゃうで」<br>
<br>
鋭い声でそう言うと、店員ではなく男が振り向いた。<br>
<br>
「いつまでもぼけっとしとったら撃たれてまうで。せめてその下に隠れ、」<br>
「おう兄ちゃん、セロテープ探してんねんけど、どこにある?」<br>
<br>
緊張した場にそぐわない、すっとぼけた声が背後から聞こえた。<br>
会長の声だ。<br>
どういうわけか、男はあわてふためいて拳銃を隠し始める。<br>
目立つ人形を背負った千堂以外の客の存在を忘れていたのかもしれない。<br>
<br>
「セロテープやのうてガムテープでもええねんけど」<br>
<br>
さらに呑気な口ぶりで会長がそう言い、男とレジの間にずいと割り込んできた。<br>
柳岡はぎょっとしたように何か言いかけ、あわてて口を手で押さえる。<br>
[if hoshi > 2]
星はとっさに飛びかかろうとして柳岡に止められる。<br>
[else]
<br>
[continue]
千堂も目を剥く。<br>
会長がいるところには銃口があるのだ。<br>
<br>
「このアホが人形壊してもうて、首直したいんやけどセロテープとガムテープどっちがええかのう?」<br>
「い、らっしゃいませっ!」<br>
<br>
ほとんど呼吸もできずに固まっていた店員は、まったく別の人物が目の前に現れたことに驚いたのかようやく人間らしい反応を返してきた。<br>
<br>
「ほ、ほかのところが全部セロテープで止められているのでセロテープがええと思います」<br>
「ほうかあ?」<br>
<br>
会長は頭をぼりぼりと掻き、千堂を振り向いた。<br>
<br>
その様子を見てだいたい分かった。<br>
これは命がけの演技なのだ。<br>
他の客の応対中にいきなり割り込んでくるわがままな老人、という演技。<br>
子供と老人が好き放題している中には何となく割って入りづらいものだ。<br>
<br>
男は内ポケットに突っ込んだ拳銃を握りつつ右往左往している。<br>
<br>
これは、チャンスかもしれない。<br>
<br>
<br>
<br>
>[[次へ->tate04]]
>{back link, label: '戻る'}config.header.center: "近所のコンビニ"
--
「おいこら、やめえや。店の兄ちゃんビビっとるやろが」<br>
<br>
巻き舌の入ったガラの悪い口調でそう言うと、犯人よりも店員よりも柳岡が一番驚いた顔でこ振り向いた。<br>
<br>
「おまっ、何言うとんねん千堂」<br>
<br>
あわてて止めようとする柳岡を振り払い、一歩前に出る。<br>
<br>
「そこから金出すんやったらワイがやったるわ。せやからこのレジの兄ちゃん、どっかやってええやろ」<br>
<br>
しかし謎のビニール袋を背負った見知らぬ人間の命令に素直に従えるくらいなら、たぶん最初からコンビニ強盗などやっていない。<br>
案の定、男はうろたえて「何やねんお前」と叫び、千堂に銃口を向けてきた。<br>
<br>
犯人のその目を見て確信した。<br>
こいつは、ヤバいタイプの人間だ。<br>
ひとつ間違えば本当に撃たれる。<br>
<br>
男がひるんだら即座に殴りかかってやろうと思っていたが、これ以上おびえさせたらすぐに引き金を引かれそうだ。<br>
<br>
[if kaichou > 0]
そのとき、場にそぐわない呑気な声が聞こえてきた。<br>
<br>
「兄ちゃん何やっとんねん、レジまだ終わらんのかあ?」<br>
<br>
会長の声だ。<br>
千堂も柳岡もぎょっとして振り返ったが、会長は意にも介さずずいと前に出てきて犯人と店員との間に立ちふさがった。<br>
<br>
「こっちはずっと待ってんねんで。何聞いとるか知らんが後にしてくれへんか?」<br>
<br>
銃口が会長の方に向いている。<br>
柳岡の顔からざあ、と血の気が引いているのが分かる。<br>
いちかばちかに賭けて体当たりすべくロッキー人形を投げ捨てようとすると、なぜだか犯人はそそくさと拳銃を隠し始めた。<br>
<br>
状況が分かっていなさそうな第三者……つまり会長の存在にひるんだのかもしれない。<br>
<br>
チャンスだ、と思った。<br>
<br>
<br>
<br>
>[[次へ->tate04]]
[else]
「こいつはあかんで」<br>
<br>
吐きそうなほど張りつめた空気の中、呑気な声でそう言ったのは柳岡だった。
<br>
<br>
「あのなあ、兄ちゃん。『ワイがやったる』とかえらそうに言うとるがこいつ相当なアホやで。顔見たら分かるやろ。アホにコンピューターの操作やらせたらあかん。終わる前に警察来てまう。ワイがやるさかい、二人とも追い出、」<br>
「そうはいかんで」<br>
<br>
目を白黒させている犯人の代わりに、千堂が声を張り上げてそう答えた。<br>
<br>
「兄ちゃん、騙されたらあかん。このおっさん賢く見えるかもしれんが眼鏡かけとるだけや。ほんまは飲んだくれの役立たずやねん。おっさんとレジの兄ちゃん追い出してワイにやらせえ。すぐ済むで」<br>
「いやいやいや兄ちゃん、ワイらの顔よう比べてみい、どっちがアホか分かるはずやで。な?」<br>
「何やそら。ワイにも眼鏡かけさせんとフェアにならんで」<br>
「お前が眼鏡かけたところでアホが眼鏡かけただけになるやろが!」<br>
<br>
犯人は驚いたのか気圧されたのか、青い顔をして固まっている。<br>
<br>
自分の感情や場の雰囲気と全然違うことが目の前で行われると、その出来事をどう受け止めていいか分からなくなってフリーズしてしまうのが人間心理というものだ。<br>
<br>
とはいえ、それを狙って漫才をしたわけではない。<br>
柳岡が一人で人質になろうとしているのが分かっていたから止めようとしただけだ。<br>
そうしたらいつの間にかこうなっていたというだけ。<br>
<br>
店員は平静を取り戻したのか、いつの間にかレジの中に伏せている。<br>
だが依然として銃口は千堂に向けられたままだった。<br>
柳岡はその間にいるが射線からはかなりズレていて、犯人と千堂と柳岡で三角形を作る形になっている。<br>
<br>
柳岡と目を見合わせることはしなかった。<br>
視線を合わせたらバレてしまうし、そもそもこういうときに千堂が何をするかなんて柳岡にはお見通しのはずで、つまりは何の意思確認も必要なかった。<br>
<br>
ダッキングの要領で膝を曲げ、前かがみになると同時に背負っていたロッキー人形を犯人へ投げる。<br>
<br>
どん、と音がする。<br>
<br>
柔らかいものを貫く音がする。<br>
<br>
細かく破ったティッシュと綿が舞い散る中、鼻を潰す鈍い衝撃音が響き渡る。<br>
<br>
重たい金属が床に落ちた音がし、沈んだ姿勢から戻ると、柳岡がレジのカウンターに血まみれの男の顔を打ちつけているところが目に入った。<br>
鬼の形相ともいうべき表情で。<br>
<br>
「千堂っ! 怪我ないか?」<br>
<br>
こっちに向いたその顔は、恐ろしいというより必死だった。<br>
顔じゅう冷や汗で濡らし、千堂がどこかから流血していないかを目で探そうとしている。<br>
<br>
「何もないわ。やられたんは人形だけや」<br>
「そうか……」<br>
<br>
ほっとしたように頷く柳岡の全身にも素早く視線を巡らせる。<br>
見えるところに怪我はない。<br>
少なくとも、撃たれてはいない。<br>
<br>
それを確認しただけで、その場に座り込みそうなほど安心している自分に気づく。<br>
<br>
男を押さえ込んでいる柳岡に加勢すべく足を踏み出すと、店の外からパトカーのサイレンが聞こえてきた。<br>
店員が警察を呼んでくれていたらしい。<br>
<br>
<br>
>[[次へ->ed02-1]]
[continue]
>{back link, label: '戻る'}config.header.center: "ゲームを始める前に"
--
プレイしてくださってありがとうございます。<br>
<br>
ゲームを始めるにあたっていくつか注意事項があります。<br>
目を通していただけたら幸いです。<br>
<br>
<br>
はじめに<br>
<blockquote>このゲームは自ら登場人物の行動を選択し、物語を作っていく<b>アドベンチャー・ノベルゲーム</b>です。<br>
<br>
すべての文章は小さなセクションに分けられており、各々のセクションの最後で選んだ選択肢によって、表示される文章、選択肢、エンディングが変化します。</blockquote>
<br>
エンディングについて<br>
<blockquote>エンディングは複数あり、数セクションで終わってしまうものもあれば一日の最後まで読み進められる結末も用意されています。満足したならいつでもゲームをやめることができますし、すべてのエンディングを知りたいのなら選択をやり直してコンプリートを目指すこともできます。<br>
<br>
各エンディングの最後にちょっとしたヒントをつけているので詰まってしまったときは参考にしてください。</blockquote>
<br>
<br>
ゲームの進行について
<br>
<blockquote>
ストーリーの途中で手に入れたアイテム、同行者の有無、時間経過などの「フラグ」は自動で管理、判定されますのでメモを用意する必要はありません。<br><br>
途中でゲームの進行状況をセーブすることはできませんが、画面右下の [[RESTART->start0]] を押すと最初の画面に戻れます。<br><br>
[[ゲームを始める->start1]]のリンクの下に[[選択肢のあるセクションからやり直す方はこちらから->start5]]というリンクがあります。この画面とプロローグを飛ばしたところから始められますので二周目以降の方はご利用ください。<br>
<br>
セクションの最後に表示される「戻る」ボタンを押すとひとつ前のセクションに戻れます。その場合、進行状況もひとつ前に戻ります。</blockquote>
<br>
<br>
<br>
ゲームの進め方についてのご質問、話が繋がっていない、表示がおかしいなどの不便な点がありましたら{link to: 'https://twitter.com/ei_wk8', label: 'twitter'}のリプライでお問い合わせください。<br>その際、フォローやご挨拶などのお気遣いは不要ですのでお気軽にどうぞ。<br>
<br>
<br>
このゲームは{link to: 'https://twinery.org/', label: 'twine2.0'}を使って作られています。<br>
<br><br>
<br>
<center>
<b>[[プロローグへ進む->start1]]</b><br>
{back link, label: '戻る'}</center><br><br>config.header.center: "近所のコンビニ"
--
躊躇している場合ではない。<br>
相手は拳銃を持っている凶悪犯だ。<br>
<br>
万が一このまま逃がしてしまったら外にいる一般人を撃つかもしれない。<br>
父ちゃんのように人を守れる男になれ、という祖母の言葉を思い出す。<br>
<br>
思い切り力を込めて男の側頭部を殴る。<br><br>
[after 5second; append]
がしゅ。<br>
[continue]
銃声にも負けないほどの破裂音が響き渡る。<br>
<br>
ボクサーの拳は凶器だ。<br>
ただ振るうだけで簡単に人の命を奪うことができる。<br>
<br>
[after 7second; append]
がしゅ。<br>
[continue]
すでに男の顔は血だらけだ。<br>
ほとんど意識もないだろう。<br>
なのにまだ引き金を離さない。<br>
<br>
[if hoshi > 2]
「武士さん!」<br>
<br>
そのとき、聞き慣れた声がし、いきなり右腕を取られた。<br>
<br>
「そっちはもうええですから、このオッサンの右手押さえとってください! 自分がこの手え離させますさかい」<br>
「……おう、撃たれんようにせえよ」<br>
<br>
危なかった、と思った。<br>
星が戻ってきてくれてよかった。<br>
このまま殴っていたら本当に殺していたかもしれない。<br>
<br>
星は脂汗を流しながらも冷静に男の手を引き剝がし、拳銃を取り上げて店の外へ駆けて行った。<br>
パトカーのサイレンが聞こえてくる。<br>
言いつけ通り、星が警察を呼んでくれたのだろう。<br>
男もおとなしくなったし、これで一安心だ。<br>
<br>
>[[次へ->ed01-1-1]]
[else]
ぐしゅ。<br>
<br>
破裂音は、肉が潰れる音に変わる。<br>
<br>
そのとき、パトカーのサイレンの音が聞こえてきた。<br>
店員が警察を呼んでくれたのだろう。<br>
<br>
男はもうろうとしながらもあわてふためき、さらに暴れ始めた。<br>
どん、と音がして銃弾が菓子売り場の方向に発射される。<br>
ヤバい、と思った。<br>
意識が飛んでいるぶん、どこに向かって発砲するか分からない。<br>
これでは踏み込んできた警官に弾が当たる。<br>
<br>
気絶させられないならもうこのまま殺すしかない。<br>
その道筋が見えているのに見えないふりはできない。<br>
<br>
殺人犯になる覚悟を決めて拳を振り上げたそのとき、銃口がこっちに向いた。<br>
真っ黒で小さな穴に引き込まれそうになる。<br>
<br>
ああ、死んだ。<br>
これはたぶん死んだ。<br>
ボクサーとしてやるべきこともしたいこともすべてが途中のまま、名前も知らない男に撃たれて死ぬ。<br>
<br>
目を閉じることはできなかった。<br>
かといって死ぬことを受け入れたわけでもなかった。<br>
引き金が引かれるまでのほんのわずかな時間、頭によぎったことはリングの上で味わうライトのまぶしさと歓声、ただそれだけだった。<br>
<br>
>[[次へ->ed01-1-2]]
[continue]
>{back link, label: '戻る'}denwa:true
config.header.center: "自宅"
--
その後は結局、警察の取り調べで一日が潰れた。<br>
<br>
防犯カメラを見ながら取り押さえの様子を再現させられ、拳銃を持った相手と格闘するなんてどうかしてる、とか、強盗を逮捕するのはキミの仕事じゃないだろう、とか、その手の聞き慣れた説教を一通り食らった後で感謝された。<br>
後日、星とともに感謝状を贈られるらしい。<br>
<br>
[if hoshi > 3]
警察署を出るころには午後になっていて、別のコンビニでセロテープを買って急いで等身大ロッキー人形を直し、子供たちの要望通り等身大ロッキー人形と自分が向かい合って戦っている写真を撮られ……などしていたらジムへ行く時間をとっくに過ぎていた。<br>
<br>
千堂の家の居間でのんびり茶をすすっていた星は、あわてて支度を始めた千堂に苦笑を向けてきた。<br>
「今日はもうええんとちゃいますか。あやうく撃たれて死ぬところやったんやし、神経休めた方がええと思いまっせ」<br>
「そないなわけにいくかいな。朝からガキどもに付き合わされてまだロードワークもしとらんのやで」<br>
「せやったら自分も付き合います。その前に電話借りてもええでっか?」<br>
「おう。早よせえよ」<br>
<br>
行儀よく電話の前に正座した星がどこかに電話をかけている間、一足先に外に出る。<br>
まだ暗くなりきっていない空を見上げ、昂った気持ちを落ち着かせようとするが、興奮はなかなか鎮まらない。<br>
星の言うように素直に休んだ方がよかったのかもしれない。<br>
しかし少々危険な目に遭ったくらいでいちいちトレーニングを休んでいたら何もできないではないか。<br>
それにせっかくの誕生日なのだから、しっかり体を動かしていい気分で眠りたい。<br>
<br>
自販機に寄りかかりながら悶々としていると、いつの間にか星が追いついてきて「行きましょか」と言った。<br>
<br>
>[[次へ->true-1-01]]
[else]
そんなわけで罪に問われることこそなかったが、体の方は少し傷ついていた。<br>
男を気絶させるために思い切り側頭部を殴ったとき、元々痛めていた右拳をさらに痛めたらしい。<br>
<br>
急いで病院に行き、レントゲンを撮ってもらう。<br>
悪化はしていないが治りが多少遅くなる、と医者に言われたとき、律儀にも付き添っていた星が顔色を変えた。<br>
<br>
「ほんますんません、武士さん。自分が早よ戻らんかったせいですわ。せっかく治りかけとったとこやったのに」<br>
「何を謝っとんねん。コンビニ強盗はお前とちゃうで」<br>
<br>
笑ってそう答えると星はますます恐縮し、深いため息をついた。<br>
そんな星の背中を、痛めていない方の手でばしと叩く。<br>
<br>
一生治らないのは困るが、「多少」なら気にもならない。<br>
だいたい、人を守って負った怪我は勲章のようなものだ。<br>
子供のころからそんなことの繰り返しだった。<br>
年に一度しかない誕生日に、何より自分らしくあることのできたのだから、何の文句もない。<br>
<br>
少し誇らしい気分のまま病院からの帰り道を急ぐ。<br>
これからまだ等身大ロッキー人形を直さなければならないし、子供たちに付き合って写真を撮らせてやらないとならない。<br>
<br>
まだまだ忙しい一日になりそうだ。<br>
<br>
<br>
<br>
**ED02 : 勲章**
<br>
<br>
>[[攻略ヒントを見る~(自力でプレイしたい方は見ない方がいいかもしれません)~->hint02]]
>[[最初からやり直す->start0]]
[continue]
>{back link, label: '戻る'}config.header.center: "近所のコンビニ"
--
きっとそれを走馬灯、というのだろう。<br>
<br>
<br>
死ぬ間際に見る幻。<br>
<br>
<br>
一番美しく、きらきらしていた思い出。<br>
<br>
<br>
リングの上でライトと歓声を初めて浴びたとき、ここに来てよかった、と思った。<br>
<br>
自分の思いや願いが形と意味を持つことの安心感を知った。<br>
<br>
ボクシングを始めるまでは「強くなりたい」という気持ちはただ荒々しく煮えたぎるばかりで、自分がどこへ向かって走っているのかも分からなかった。<br>
<br>
「ここ」にきてからは、強さをどれだけ純粋に追い求めても誰も自分を笑わなかった。<br>
<br>
恐れなかった。<br>
<br>
大人になれと言わなかった。<br>
<br>
ここに来てよかった。<br>
本当によかった。<br>
<br>
だから……。<br>
<br>
こんなところで、人生を終わらせたくない。<br>
<br>
<br>
男が発砲を決断するより速く腕を引く。<br>
<br>
男が引き金にかけた指に力を込めるより速く腕を振り下ろす。<br>
<br>
<br>
きん、と音がした。<br>
フック気味に斜めから打ち下ろした先は頭ではない。<br>
男の肘だ。<br>
<br>
拳銃はそのまま弾き飛ばされて床を滑っていき、男は最後の力を振り絞って千堂の体を跳ね返し、銃に手を伸ばそうとする。<br>
<br>
そのとき、男が腕と肘をついたところがずるんと滑った。<br>
男はその拍子に額をぶつけ、一瞬動きが止まる。<br>
一秒にも満たないその隙を見逃さずに犯人に猛獣のごとく襲いかかり、みぞおちに一撃食らわせて今度こそ失神させる。<br>
<br>
二度と暴れられないようにうつ伏せにしてからその背中にどかりと腰を下ろすと、体の下にピンク色のビニール袋が敷かれているのが見えた。<br>
ビニールに手をついたせいで滑ったのだろう。<br>
よく見るとそのビニールは中から綿が飛び出していて、雑に黒く塗られた段ボールの破片が散らばっている。<br>
<br>
等身大ロッキー人形だ。<br>
<br>
こいつが助けてくれた。<br>
<br>
はああ、と盛大に息を吐き、綿のはみ出た頭の部分をぽんと叩く。<br>
<br>
「……何や、今まで一番の誕生日プレゼントやないか」<br>
<br>
にやりと笑ってそうつぶやくと、呑気な入店音とともにたくさんの警察官がコンビニの中に入ってきた。<br>
みな盾と警棒を持っている。<br>
<br>
その姿を見て安心すると同時に、少しげんなりした。<br>
これまでの経緯を説明するのが面倒くさそうだ。<br>
子供のころから何度も何度も警察の世話になって、何度も何度も「人を守るのはキミの仕事じゃない」と説教されてきた千堂は、それでも彼らの身が危険にさらされないことにほっとしていたのだった。<br>
<br>
<br>
**ED01 : 一番の誕生日プレゼント**
<br>
<br>
>[[攻略ヒントを見る~(自力でプレイしたい方は見ない方がいいかもしれません)~->hint01]]
>[[最初からやり直す->start0]]
>{back link, label: '戻る'}config.header.center: "攻略ヒント 1"
--
**ED01 : 一番の誕生日プレゼント**<br>
<br>
<br>
千堂さん一人でコンビニに来るとこのエンディングに到達します。<br>
<br>
仲間を集めてからコンビニにやってくると別の選択肢が発生します。<br>
<br>
何人で来てもこのルートとは別の行動を選ぶことができますが、一部の組み合わせではコンビニ強盗を撃退した時点でエンディングを迎えることになります。<br>
<br>
同行者を作るにはコンビニを訪れる前に寄り道をするとよいです。<br>
その際、顔見知りが同行してくれそうな選択肢を選んでください。<br>
<br>
なお、どのルートでもキャラが死ぬなどのバッドエンドは存在しないのでご安心ください。<br>
<br>
<br>
<br>
>[[最初からやり直す->start0]]
>{back link, label: '戻る'}config.header.center: "近所のコンビニ"
hoshi:hoshi+1
--
「星! こっち戻ってこんかい!」<br>
<br>
あらん限りの大声でそう叫ぶ。<br>
しかし自動ドアが閉まったままだから聞こえているかどうかは分からない。<br>
<br>
大きく息を吸い込み、もう一度「星!」と呼ぶ。<br>
<br>
すると呑気な入店音とともに自動ドアが開き、星があわただしく店内に入ってきた。<br>
<br>
「110番したか?」<br>
「しました。すぐ来るらしいです」<br>
「せやったらこのオッサン押さえとけ。ワイが銃から手え離させるさかい、撃たれんようにせえよ」<br>
<br>
星は緊張を顔に浮かべながらも力強く頷く。<br>
ここに星がいてよかった。<br>
一人だったら殴り殺す以外選択肢がなくなっていたかもしれない。<br>
あるいは撃たれて死ぬか。<br>
<br>
汗でぬめる手でどうにか男の手を引き金から剝がし、拳銃を取り上げる。<br>
同時にパトカーのサイレンが聞こえてくる。<br>
警察が来たのだろう。<br>
これで一安心だ。<br>
<br>
<br>
>[[次へ->ed01-1-1]]
>{back link, label: '戻る'}config.header.center: "エピローグ"
--
丸一日等身大ロッキー人形を背負って移動していたせいか、背中に何もないと何だか心もとない感じがする。<br>
途中でふと立ち止まって背中を確認し、もうあれを持ち歩く必要はないのだと思い直してふたたび歩き出す。<br>
そんなことを何度も繰り返してようやくジムに着くころには、もう日が傾きかけていた。<br>
<br>
がらりと引き戸を開け、ロッカールームへ向かう。<br>
途中でサンドバッグを叩く手を止めて挨拶してくる練習生に片手を挙げて答える。<br>
<br>
ロッカー室に足を踏み入れ、脱いだ上着を雑に丸めて自分のロッカーをしまおうとすると、隣で着替えていた星がぎくりと動きを止めた。<br>
<br>
「何や、星」<br>
「いえ、何かいま武士さんのロッカーから落ちたような……?」<br>
<br>
星はいぶかしげにそう言うと、腰をかがめて床から何か拾い上げた。<br>
<br>
「手紙……と、箱でんな」<br>
<br>
星の手の中にあるものは、メッセージカードと小さな化粧箱だ。どちらもきれいにラッピングされている。<br>
[if sensei]
身に覚えしかない。<br>
星からそれらをさっと奪い取り、ロッカーの一番奥へとしまい込む。<br>
<br>
「そないに照れなくてもええんちゃいますか。自分、中身知ってまっせ。先生からのプレゼント、タイピンでしょう? 金色の」<br>
「ああん?」<br>
<br>
千堂は低い声でうなり、星の気恥ずかしそうな顔をにらみつける。<br>
聞き捨てならないセリフだ。<br>
<br>
「どういうことやそら。何でお前が中身知っとんねん」<br>
「デパートで偶然会うたんです。彼女、武士さんの誕生日に何か贈りたいけど何がいいか悩んどって、自分が『もしかしたら世界戦の調印式でスーツ着るかもしれへん』言うたらタイピンにしよ、て話に……」<br>
「……お前の入れ知恵やったんか」<br>
<br>
少々がっくりきたがありがたみは変わらない。<br>
来たる日、もしかしたら、これを使う日が来るかもしれない。<br>
[else]
今日は誕生日だし、普通に考えれば誰かからの贈り物なのだろうが、差出人の名前が書いていないのが気持ち悪い。<br>
贈り主はジムにいる誰かなのだろうに、直接渡さないのも何だかはっきりしなくてモヤモヤする。<br>
バレンタインに知らない奴から下駄箱にチョコレートを入れられるがごとき不気味さを感じる。<br>
<br>
「お前、開けてみい」<br>
「ええんですか? ひそかに武士さんに思いを寄せる人からの贈り物かもしれへんのに」<br>
「わけ分からんこと言うとらんで開けえ。爆弾やったら向こうに投げるんやで」<br>
「ああ、そういう方向性の心配なんでっか」<br>
<br>
星はあきれ顔で笑い、ひとつため息をついて包装紙に手をかける。<br>
箱の中には、金色の細長いものが入っている。<br>
<br>
「……? 何やこら」<br>
「な、何やろなあ? もしかして、ネクタイピンとちゃいますか?」<br>
「そないなモンが何でワイのロッカーに入っとんねん」<br>
「そら、武士さんが調印式とかでスーツ着るときに必要になると思うたからに決まって……ああもう、早よ手紙の方を見てくださいよ。人からの大事な贈り物、ワイに開けさせとる場合とちゃいますやろ」<br>
「分かっとるわ」<br>
<br>
箱を星の手から奪い取り、小さな封筒からカードを取り出す。<br>
薄い緑色のカードに書かれた小ぶりで達者な字が目に入る。<br>
<br>
武士くんへ、お誕生日おめでとう。<br>
今日直接お祝いできなくてごめんなさいね。<br>
プレゼントはネクタイピンです。<br>
スーツなんてあまり着ないでしょうけど、機会があったら使<br>
<br>
パアン、と音をさせて手のひらと手のひらの間にカードを挟む。<br>
恐る恐る星を横目でにらみつけると、星は心得た様子で顔をそむけて知らんふりをしていた。<br>
デキる奴だ。<br>
<br>
「……爆弾やった」<br>
「そうでっか。せやったら誰かが爆弾受け取って武士さんのロッカーの中に入れたちゅうことですね」<br>
「そや」<br>
<br>
星はそれ以上何も言わない。<br>
カードをもう一度封筒に入れ、曲がったり潰れたりしないようにそっとロッカーにしまい込む。<br>
スーツなんて確かにほとんど着ない。<br>
が、来たる日、もしかしたら、これを使う日が来るかもしれない。<br>
<br>
[continue]
>[[次へ->true02]]
>{back link, label: '戻る'}config.header.center: "攻略ヒント 2"
--
**ED02 : 勲章**<br>
<br>
<br>
星くんと二人でコンビニに来て、ひたすら犯人を殴り続けるとこのエンディングに到達します。<br>
<br>
殴り続けず、星くんを呼び戻せば怪我をせずに済むかもしれません。<br>
<br>
コンビニ強盗編は千堂さん一人、または他の人と二人、さらには複数人で来るとそれぞれ別の行動ができます。<br>
<br>
星くんの家に行く前にどこかに寄ると仲間が増やせます。<br>
一番最初の行き先として選択肢に出てくる「隣の家」は最初しか選べません。<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
>[[最初からやり直す->start0]]
>{back link, label: '戻る'}yana:true
config.header.center: "自宅"
--
その後は結局、警察の取り調べで一日が潰れた。<br>
<br>
防犯カメラを見ながら取り押さえの様子を再現させられ、拳銃を持った相手の前でふざけたり立ち向かったりするなんてどうかしてる、とあきれた顔で説教され、最後に感謝された。<br>
後日、柳岡とともに感謝状を贈られるらしい。<br>
なぜか等身大ロッキー人形にも。<br>
<br>
警察署を出るころには午後になっていて、別のコンビニでセロテープやビニール袋を買って柳岡とともに等身大ロッキー人形を直し、子供たちの要望通り人形と自分が向かい合って戦っている写真を撮られ……などしていたらジムへ行く時間が迫っていた。<br>
<br>
「今日は休んでええで。神経がたかぶってる状態でトレーニングすると怪我しやすいんや」<br>
<br>
千堂の家の居間でのんびり茶を飲んでいた柳岡は、あわてて靴を履いていた千堂を呼び止めるようにそう言った。<br>
<br>
「それに今日は誕生日やろ。ばあちゃんと家族水入らずで過ごしたらどないや」<br>
「そないなわけにいくかいな。今日はまだロードワークもしとらんのやで」<br>
<br>
朝から子供たちの相手や等身大ロッキー人形の修理に駆け回っていたから、今日はまだトレーニングらしいトレーニングをしていない。<br>
<br>
「死にかけたちゅうのに落ち着きのないやっちゃな。やってもええが、軽くにするんやで」<br>
「言われんでもそうするわい」<br>
<br>
吐き捨てるようにそう答えると、柳岡は仕方なさそうに祖母に礼を言ってから立ち上がった。<br>
<br>
「アンタは今日どないするんや。これからテスト受けに行くんか?」<br>
<br>
死にかけたちゅうのに、と言いかけ、途中で猛烈に気分が悪くなって言葉を切った。<br>
<br>
「テスト、なあ」<br>
「何や、やっぱりアンタでもテストは気い重いんか」<br>
「結果が不安なわけとちゃうで。受ければ受かるやろ。せやけどどっちにしろ通訳なしでビジネス会話がでけるレベルの検定試験はまだ受けられんわけやし、今日はええわ」<br>
「はん、言い訳かいな」<br>
<br>
いつもの彼らしくない歯切れの悪さを鼻で笑う。<br>
<br>
分かってはいるのだ。<br>
<br>
なぜ柳岡が自分の用を優先させないのか。<br>
受験料はタダではないのだし、ここまで勉強してきたのだからもったいないという気持ちがないわけはない。<br>
今日が五月五日でなかったら、二人してコンビニ強盗事件に巻き込まれて死にかけなかったら、そのどちらかがなかったら、受験料と勉強時間を無駄にせずに済んだはずだ。<br>
<br>
だが千堂は何も言わない。<br>
「自分を優先してくれてありがとう」とも「わざわざすまんのう」とも言わない。<br>
彼がそばにいるのが当たり前、という顔で、平然と柳岡の決断を受け入れて歩き始める。<br>
<br>
五月の日の入りは遅い。<br>
四時を過ぎたところなのに真昼のように明るい。<br>
どうにか生き延びた誕生日の夜は、まだやってきてもいない。<br>
<br>
<br>
>[[次へ->true01]]
>{back link, label: '戻る'}config.header.center: "近所のコンビニ"
--
チャンスだ、と思ったのは千堂だけではなかった。<br>
犯人の真横にいた柳岡が真っ先に動き、思い切り体当たりをして横倒しにする。<br>
<br>
「会長! 離れてください!」<br>
<br>
柳岡と二人で男をうつ伏せにしようと奮闘するが、焦っているせいかなかなかひっくり返らない。<br>
焦る理由は拳銃だ。<br>
体当たりされた衝撃で手を放してくれたらよかったが、右手もいまだポケットの中にある。<br>
<br>
[if hoshi > 2]
手を拳銃から離すべく男に飛びかかろうとしたとき、起き上がりかけた男のみぞおちに稲妻のごとき何かが突き刺さった。<br>
男はひとしきり悶絶した後、電池が切れたように四肢をだらりと投げ出して失神した。<br>
<br>
「……?」<br>
<br>
柳岡と目を見合わせる。<br>
間近で見ていたのに何があったのかよく分からない。<br>
<br>
だが「誰がやったのか」は分かるのだ。<br>
<br>
斜め方向に視線を移すと、星が少々照れくさそうな顔で「水月への中高一本拳突きです」とつぶやいた。<br>
<br>
「膝立ちの姿勢やったから威力は落ちてもうたんですが、素人さんやったから何とかなりましたわ」<br>
「……星」<br>
「いえ、武士さんの出番を奪ったつもりやのうて……こいつ銃持っとったし、みんなそばにおったので撃たれたら大変やと思うて……」<br>
<br>
ご、と音をさせ、星に思い切り頭突きをする。<br>
この頭突きは「よくやった」という意味だ。<br>
はたから見るとわけが分からないだろうが星には通じていて、「押忍」と返事が返ってくる。<br>
<br>
「ほんまアホやなお前らは。じゃれとらんで警察に通報せえ」<br>
<br>
会長にあきれ顔を向けられると、星はすぐさま立ち上がって店の外に出て行った。<br>
[else]
だが揉み合っていても一向に手が離れない。<br>
気絶させないといけないかもしれない。<br>
<br>
覚悟を決めて右拳を固め、思い切り顔面のど真ん中にパンチを浴びせると、男は鼻血を噴き出しながら糸の切れた人形のようにぐったりと倒れ込んだ。<br>
<br>
「……お前、何しとんねん。その右、骨がくっついたばっかりやろが」<br>
<br>
柳岡の心配そうな声が聞こえてくる。<br>
<br>
「しゃあないやろ。あのままやったら誰か死んだかもしれへんのやで」<br>
「せめて左にせえ。治療が長引いたらどないすんねん」<br>
<br>
「痛そうにしとらんいうことは悪化しとらんいうことや。せやったらええやないか。ようやったで、千堂。おかげでみんな助かったわ」
<br>
<br>
会長が取りなすように言い、二人してため息をつく。<br>
息を合わせて男の体をひっくり返して拳銃を取り出し、レジの奥に置いてから店員に通報を頼むと数分後にはすぐにサイレンが聞こえてきた。<br>
<br>
[continue]
「とりあえずは一件落着、やな」<br>
<br>
会長がにっこり笑ってそう言うと、何となく場の緊張がゆるむ。<br>
彼が一番命を張ったはずだが、なぜか一番何ともなさそうに笑っている。<br>
いつもは気弱で慎重なのに。<br>
意外と底の知れない人だ。<br>
<br>
<br>
<br>
>[[次へ->tate05]]
>{back link, label: '戻る'}config.header.center: "自宅"
--
その後は結局、警察の取り調べで一日が潰れた。<br>
<br>
防犯カメラを見ながら取り押さえの様子を再現させられ、いくらプロボクサーと元プロボクサーだからって拳銃を持った相手と格闘するなんてどうかしてる、とか、そういうときは真っ先に通報しなさい、とか、その手の説教を一通り食らった後で感謝された。<br>
<br>
後日、全員に感謝状を贈られるらしい。<br>
<br>
新聞にも載るだろうからきっといい宣伝になる、と会長は喜んでいる。<br>
<br>
[if hoshi > 2]
警察署を出るころには午後になっていて、別のコンビニでセロテープを買って急いで等身大ロッキー人形を直し、子供たちの要望通り人形と自分が向かい合って戦っている写真を撮られ……などしていたらジムへ行く時間をとっくに過ぎていた。<br>
<br>
日がな一日店先に座っていた祖母は、あわてて支度を始めた千堂に苦い顔を向けてきた。<br>
<br>
「今日はもうええんとちゃうか。撃たれて死ぬところやったんやろ。夜くらい楽しい誕生日にしたらどないや」<br>
「そないなわけにはいかんわ。朝からガキどもに付き合わされてまだロードワークもしとらんのやで」<br>
「せやったらこれ持っていき」<br>
<br>
膝に乗せたトラをどかし、立ち上がって奥へ入っていったかと思うと、祖母は何やら大きな箱を持って戻ってきた。<br>
<br>
「何やそら」<br>
「誕生日ケーキや。みんなで食うたらええがな」<br>
<br>
箱の中身をおそるおそる覗き込むと、白くて丸いホールケーキの上にチョコレートのプレートが乗っているのが見えた。<br>
「HAPPY BIRTHDAY たけし くん」<br>
<br>
「……ばあちゃん、ワイもうガキとちゃうで」<br>
「分かっとるわ。せやかてケーキ屋の人に『お誕生日ケーキならプレート乗せましょうか?』て親切に言われていらん言えへんやろ。ろうそくも年の数だけつけてもろたんや、食べる前に立てて火いつけるんやで」<br>
「そないに立てたらケーキが崩れてまうわ!」<br>
<br>
ぶきらぼうにそう答えつつも、照れくささが止まらない。<br>
<br>
子供のころ、祖母はいつもこうしてプレートを乗せたケーキを買ってきてくれた。<br>
どこも連れていけなくて申し訳ない、と言いつつ精一杯普通の家庭らしい誕生日をしてくれた。<br>
大きくなるにつれて誕生日を家で過ごすことはなくなったが、ケーキの思い出だけはいつまでも記憶に残っている。<br>
<br>
「ジムになんぞ持っていかれへんわ、こないなでっかいもん」<br>
「もったいないのう。みんなで食うたら楽しいで」<br>
「これから練習しに行くんやで。食うとる場合とちゃうわ。せやから……家に帰ってからばあちゃんと食う」<br>
「ほうか」<br>
<br>
祖母は小さく頷き、ケーキの箱を大事そうに受け取る。<br>
<br>
「いつも通り夜には帰るさかい、すまんけど飯も残しといてくれや」<br>
「分かっとるよ」<br>
「遅くなっても起きとってくれへんか。一人じゃ食いきれんわ」<br>
<br>
靴を履きながら、吐き捨てるようにそう言う。<br>
照れ隠しをしようとするといつもこんな口調になってしまう。<br>
祖母はただ「気いつけや」とだけ言って送り出してくれた。<br>
つまりはお見通しなのだ。<br>
<br>
いつか、何かの形で恩を返せたらいいと思う。<br>
手遅れにならないうちに。<br>
後悔しないうちに。<br>
<br>
四時過ぎだというのに空も太陽も昼のままだ。<br>
子供のころあんなに楽しみだった誕生日の夜は、まだ始まってすらいない。<br>
<br>
<br>
<br>
>[[次へ->true01]]
[else]
そんなわけで大団円と言ってもいい結末ではあったが、体の方は少し傷ついていた。<br>
男を気絶させるために思い切り顔を殴ったとき、ようやく骨がくっついた右拳が痛んだ。<br>
<br>
何だか嫌な予感がして急いで病院に行き、レントゲンを撮ってもらう。<br>
悪化はしていないが治りが多少遅くなる、と医者に言われた後、待合室で待っていてくれた柳岡が励ますように千堂の背中を叩いた。<br>
<br>
「焦ったらあかんで。忍耐や」<br>
「何言うとんねん。さっきはワイよりアンタの方が焦っとったやろ」<br>
「そら、お前の拳には価値があるさかいな。しょうもない犯罪に巻き込まれて潰れてええもんとちゃう。……せやけど、感謝はせんとあかんな。ようやってくれた」<br>
「せやろ?」<br>
<br>
照れ隠しのためにわざとおどけてそう答えると、柳岡はあきれたように噴き出した。
<br>
<br>
「いつの間にか大人になったのう。うちの練習生殴っとったころとは雲泥の差やな」<br>
「……そら当たり前やがな。制服着とるガキと一緒にすな」<br>
「そやな。せやからまあ、おめでとうさんや」<br>
<br>
微笑とともに手を差し出される。<br>
呆気に取られて柳岡の手と顔を交互に眺めていると、さらに笑みが深くなった。<br>
<br>
「今日誕生日やったやろ」<br>
「お、おお。そやったな」<br>
<br>
ためらいながらもその手を取ると自然と握手の形になる。<br>
<br>
「何も用意しとらんさかい、これしかでけへんけどな」<br>
「ガキとちゃうで。プレゼントなんぞいらんわ。欲しいもんは自分で手に入れるんが一人前の男ちゅうもんやろが」<br>
<br>
にやりと笑ってそう言い、包帯を巻かれたばかりの手で柳岡の背を叩き返す。<br>
とたんに激痛が走り、しゃがみ込みそうになったがやせ我慢を押し通す。<br>
柳岡はその様子をあきれ顔で眺めるだけだ。<br>
<br>
<br>
まだ制服を着ていた子供だったころ、グローブのつけ方から人前での話し方まですべて教えてくれたのは彼だった。<br>
<br>
うまくいかなくて何度も投げ出しかけて暴れた千堂に根気よく付き合い、大人たちに否定されてきた自分らしさを認めてくれた。<br>
<br>
肯定し歓迎することで居場所を与えてくれた。<br>
<br>
だから、もう贈り物なんて必要ないのだ。<br>
<br>
これ以上認めてもらう必要もない。<br>
<br>
千堂のやりようを見ていてくれるだけでいい。<br>
<br>
いつか恩返しができる機会があるなら、それが何よりの誕生日プレゼントになる。<br>
きっとなる。<br>
必ずそうしてみせる。<br>
<br>
<br>
会計が終わり、病院の外へ出るともう夕方になりかかっていた。<br>
<br>
今日はまだ何もできていないからジムに行ってトレーニングをしたかったが、「焦るな」と言われたから焦らないでおく。<br>
<br>
欲しいものを自分で手に入れるためには、いつか恩返しを実行するためには、大人らしい自制心だって必要だ。<br>
<br>
<br>
<br>
**ED03 : 恩返し**
<br>
<br>
>[[攻略ヒントを見る~(自力でプレイしたい方は見ない方がいいかもしれません)~->hint03]]
>[[最初からやり直す->start0]]
[continue]
>{back link, label: '戻る'}config.header.center: "攻略ヒント 3"
--
**ED03 : 恩返し**<br>
<br>
<br>
柳岡はん+会長と三人でコンビニに来るとどの選択肢を選んでもこのエンディングに到達します。<br>
<br>
あともう一人連れてくると怪我を回避できてもう少し先に進めるかもしれません。<br>
<br>
コンビニ強盗編は千堂さん一人、または他の人と二人、さらには複数人で来るとそれぞれ別の文章、別の選択肢が出現しますが、会長と二人で来ることはできません。<br>
柳岡はん+星くんと三人で来ることもできません。<br>
柳岡はん+星くん+会長と四人で来るには、柳岡はんの受験票問題を解決する前に美術館のチケットを四枚分手に入れている必要があります。<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
>[[最初からやり直す->start0]]
>{back link, label: '戻る'}yanaoka:yanaoka+3
config.header.center: "道ばた"
--
「ちょう待てや」<br>
<br>
背中を向けかけた柳岡を呼び止め、腕を引く。<br>
<br>
「手帳のこと思い出せへんとモヤモヤしよるわ。ワイも探すの手伝ったる。ええやろ、会長はん」<br>
「もちろんええで」<br>
<br>
会長が頼もしげに頷くと、柳岡はさらに眉を下げた。<br>
<br>
「そら助かりますが、申し訳ないですわ。用あったんでしょうに」<br>
「たいした用事とちゃう。それにお前が試験受けるんは千堂とジムのためやろ。せやったら知らんふりはでけんわな」<br>
<br>
にやりと笑って目くばせをされ、思わず顔をそむける。<br>
そんな風に言われると照れくさい、というか何だか決まりが悪い。<br>
<br>
「ほな行こか。まずはジムやな。行ったら千堂が何か思い出すかもしれへん」<br>
「いえ、千堂の記憶力に期待するなんぞバクチもええとこですわ。普通にもう一度探してみます」<br>
<br>
さんざんな言われようだが反論はできない。<br>
手帳を見た場所が本当にジムだったのかも怪しい。<br>
場所を思い出す方が先のような気がする。<br>
あるいは、断片的に記憶している会話の相手を思い出すところから始めた方がいいのか。<br>
<br>
<br>
どれを優先すべきだろう?<br>
<br>
<br>
<br>
>[[ジムに行って普通に探してみる->juken01]]
>[[手帳を見た場所を頑張って思い出してみる->juken02]]
>[[手帳を見ながら会話した相手を思い出してみる->juken03]]
>{back link, label: '戻る'}config.header.center: "道ばた"
--
「……」<br>
<br>
呼び止めて受験票探しを手伝いたいのはやまやまだが、どれだけ頭をひねってもフワフワした記憶しか絞り出せないのではむしろ邪魔だろう。<br>
<br>
心の中で幸運を祈り、大通りを南下して美術館へと急ぐ。<br>
<br>
拳の治り具合や星のこと、今後の展望などを会長と話しながら歩いていたら、いつの間にか美術館の前に来ていた。<br>
<br>
が、どうも様子がおかしい。<br>
<br>
千堂たちと同じく、朝一番で美術館にやってきた客と思われる人々が、入り口の前で嘆息している。<br>
<br>
「ゴールデンウィーク最終日に点検て、何があったんやろな」<br>
「今日までの特別展やったのに」<br>
<br>
そんな恨み言が聞こえてくる距離まで来ると、大きな文字で「施設点検のため臨時休館 ご迷惑をおかけし申し訳ありません」と書かれている看板が見えた。<br>
<br>
「臨時休館……? やっとらんいうことかいな?」<br>
<br>
ポケットに入れたチケットと看板とを見比べる。<br>
このチケットの有効期限はどこからどう見ても今日までだ。<br>
<br>
「水漏れか漏電かもしれへんな。残念やったのう」<br>
<br>
会長は本当に残念そうな口調でつぶやき、看板の奥のエントランスに視線を向けている。<br>
<br>
「何や、ほんまに行きたかったんか?」<br>
「そらそうや。所属のボクサーに……特にお前に美術館誘われるなんぞ一生に一度もないやろ。ええ記念になったかもしれん」<br>
<br>
しみじみとそう言う会長の顔を、思わず振り向いて見た。<br>
千堂にしてみれば偶然手に入ったチケットをどうにかして消化したかっただけだが、こんなことでもなければ誕生日に会長と二人で出かけるなんてこともなかったかもしれない。<br>
<br>
「……ワイの隣の家、不動産屋やっとんねん」<br>
「おお。そうなんか」<br>
「客からようチケットやら何やらもらっとって、たまにワイにも回ってくんねん」<br>
<br>
会長は無言で頷く。<br>
<br>
「せやから、またわけわからんチケットもろたら付き合ってえな」<br>
「おう。せやけどピンク映画のチケットやったらワイや柳岡やのうて星を誘うんやで」<br>
「そないなとこに誘わんわ!」<br>
<br>
笑いながら背中を軽く叩かれ、元来た道を引き返していく。<br>
会長とは途中で別れ、自宅への帰途を急ぐ。<br>
<br>
ただ朝に数十分散歩しただけの誕生日だったが、そこそこ有意義だったのは間違いない。<br>
あとは等身大ロッキー人形を直すだけ……と思ったとき、背中に何も背負っていないことに気がついた。<br>
<br>
全身から冷や汗が噴き出る。<br>
おそらく道の途中で落としたのだろう。<br>
早く見つけないと、あの子供たちに一生不誠実な大人だと責められることになる。<br>
<br>
ぐぐっとアキレス腱を伸ばしてから走り出す。<br>
美術館までの短い道行きを思い出しながら人形を探していると、どうしてか少しあたたかい気持ちになった。<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
**ED04 : 短い散歩**
<br>
<br>
>[[攻略ヒントを見る~(自力でプレイしたい方は見ない方がいいかもしれません)~->hint04]]
>[[最初からやり直す->start0]]
>{back link, label: '戻る'}config.header.center: "攻略ヒント 4"
--
**ED04 : 短い散歩**<br>
<br>
<br>
会長を美術館に誘った後、柳岡はんの受験票探しを手伝わないとこのエンディングになります。<br>
<br>
受験票のありかに心当たりがある&会長に会う前は元々柳岡はんを探していたはずなので、この先に行くには探すのを手伝う選択肢を選んでみてください。<br>
<br>
美術館編は、美術館に到着する時間によって中に入れるか入れないかが決まります。<br>
回り道をするとうまい具合に点検が終わっているかもしれません。
<br>
<br>
<br>
<br>
>[[最初からやり直す->start0]]
>[[選択肢のあるセクションからやり直す->start5]]
>{back link, label: '戻る'}config.header.center: "なにわ拳闘会"
--
鍵を開けてもらってジムの中に入ると、無人のせいか時間帯のせいか少し肌寒かった。<br>
<br>
柳岡はさっそくベンチの下やリングの下、ゴミ箱の中を念入りに調べ始める。<br>
<br>
[if kaichou > 2]
「申し訳ないですが、会長は奥の部屋を頼んます。千堂はロッカールームとシャワー室を探してくれや」<br>
[else]
「すまんが、千堂はロッカールームとシャワー室を探してくれや」<br>
[continue]
おう、と返事をし、長年かけてしみ込んだ男たちの汗の匂いが立ち込めるロッカールームに足を踏み入れる。<br>
<br>
床やロッカーの上を確認するのはもちろんのこと、誰かが持って帰り忘れた着替え、破れたグローブ、古いバンテージ、皆で回し読みをしているグラビア雑誌、読むためというよりは床の水けを拭くために置かれている新聞の山、雑巾かタオルかすら分からない汚い布、踏まれてケースが割れているCD……を順繰りにロッカーとロッカーの間から引っ張り出して隙間を懐中電灯で照らし、手帳がないかを探していく。<br>
<br>
だが、ここまでしても黒い革の手帳は見当たらない。<br>
<br>
次はシャワー室だ。<br>
浴室などに放置されていたら水浸しになって結局試験が受けられないような気もするが、それでも探す。<br>
しかし昨日のうちに清掃が入っているからか、手帳どころか水滴ひとつ落ちていない。<br>
<br>
[if kaichou > 2]
苦い気持ちでトレーニングルームに戻ると、会長がとっくに戻ってきていた。<br>
彼も千堂と同じくらい渋い顔をしている。<br>
[else]
苦い気持ちでトレーニングルームに戻ると、柳岡がそれ以上に苦々しそうな顔で出迎えた。<br>
[continue]
「その顔は収穫なしか」<br>
「そや。手帳は見つからんかった」<br>
「ほうか……」<br>
<br>
ううん、とうなり、柳岡はぐるりと首を回した。<br>
<br>
「付き合わせてすまんな。ワイはもう一度家戻って探してみるさかい、もう戻ってくれてええで」<br>
「そないなわけにはいかんわ」<br>
<br>
千堂はどかりとベンチに腰かけ、左右のこめかみを両手の人差し指で押さえた。<br>
<br>
「ワイがいま本気で思い出したるさかい、ちょう待っとれや」<br>
「どないして思い出す気なんや?」<br>
「それは……」<br>
<br>
<br>
<br>
>[[手帳を見た場所をまず思い出してみる->juken02]]
>[[手帳を見ながら会話した相手を思い出してみる->juken03]]
>{back link, label: '戻る'}config.header.center: "脳内"
--
目を閉じて考える。<br>
<br>
あの手帳を見たのはいったいどこだったのか。<br>
<br>
確か、少し冷たい風が吹いていた気がする。<br>
ということは外だ。<br>
<br>
暗い中で見た気がする。<br>
ということは夜だ。<br>
<br>
外で夜、ということはジムからの帰り道。<br>
ジムと自宅を結ぶ道に他ならない。<br>
<br>
<br>
千堂は目をかっと見開き、自分の思考力とひらめきに震えた。<br>
<br>
「ワイ……名探偵やったのかもしれん……」<br>
<br>
<br>
>[[次へ->juken04]]
>{back link, label: '戻る'}config.header.center: "脳内"
--
目を閉じて考える。<br>
<br>
あの手帳を見ながら誰かと会話したことははっきりおぼえている。<br>
<br>
千堂は物事の仕組みを理解したり記憶したり思考したりすることは大の苦手だが、表情や言動から人が考えていることを洞察したり、人が言いそうなことを推察するのはそれなりに得意だ。<br>
<br>
だからたぶん、会話の相手を思い出すのが一番の近道だろうと思う。<br>
<br>
確か、あのときは頭も使わず、緊張感もないまま話をしていた。<br>
内容は、確か、真面目な話だったような気もする。<br>
真面目なことを気楽に話していた、ということは、相手はそこそこ気心の知れた相手だということになる。<br>
<br>
ジムの中で「そこそこ気心の知れた相手」と言えば、星だ。<br>
星は千堂が言ってほしいことを先回りして口にするくせのある人間だから、話すときに緊張など生まれようがない。<br>
<br>
「警察」「一億円」がどういう流れで出てきた単語だったのかは忘れたが、星に聞けばもっと思い出せるかもしれない。<br>
<br>
<br>
<br>
>[[次へ->juken05]]
>{back link, label: '戻る'}config.header.center: "道ばた"
--
そのまま駆け出し、さっそくジムと自宅を結ぶ道を探し始める。<br>
柳岡も後ろをついてきたが何が何だか分かっていない様子だ。<br>
<br>
「この辺に落ちとったんか?」<br>
「落ちとったかどうかは分からん。せやけど、この道のどこかで見たんや」<br>
<br>
それを聞いた柳岡は表情を引き締め、千堂以上に熱心に探し始めた。<br>
[if kaichou > 2]
会長も仕方なく、といった様子で手分けして手帳探しに参加してくれる。<br>
[else]
しかし、二人で手分けしてもかなり時間がかかる。<br>
[continue]
ジムから自宅の間の道をすべて点検し終えるころにはすでに一時間以上も経っていた。<br>
<br>
なのに収穫なし。<br>
<br>
脱力しそうになる。<br>
<br>
<br>
千堂の家の前の自販機にもたれかかった柳岡は、絞り出すような声でう言った。<br>
<br>
「お前の記憶力に期待したワイがアホやったわ……」<br>
「名探偵に向かって何言うとんねん」<br>
「誰が名探偵や」<br>
<br>
即座に突っ込まれる。<br>
<br>
「けど場所が外やったと分かったんなら、別の方向からアプローチすればより詳しく思い出せるかもしれへんで。他に何かないんか。手帳見たとき、何かを待っとったとか、誰かと一緒におったとか」<br>
<br>
腕を組んで記憶を探る。<br>
確かに、手帳を見ながら誰かと話をしていたおぼえがある。<br>
<br>
<br>
<br>
>[[次へ->juken03]]
>{back link, label: '戻る'}
config.header.center: "星の家"
--
千堂の記憶に賭けるなんてやっぱりリスクが大きい気がする、と渋り始めた柳岡を押し切り、なかば強引に星の家まで連れてくる。<br>
<br>
電話で済む用事ではあるが、実際に会って話した方がより詳しく思い出せるだろう。<br>
<br>
何しろ昨日のことなのだ。<br>
完全に忘れてしまうわけはない。<br>
くだらなさすぎたとか、何かをしながら話していたとか、記憶に残っていない理由なんてその程度のはずだ。<br>
<br>
一枚板の立派な看板がかかった門の前に立ち、インターフォンを鳴らそうとすると、中からわらわらと子供たちが出てきた。<br>
口々に「押忍」を連呼しながら玄関口に頭を下げつつ散開していく。<br>
今まで中で稽古が行われていたのだろう。<br>
<br>
生徒たちが完全にはけてから改めてインターフォンのボタンを押す。<br>
反応がないからもう一度押す。<br>
<br>
すると、今度は道着姿の星本人が中から顔を出した。<br>
何やら妙に疲れた顔をしている。<br>
<br>
「……武士さん、早いでんな」<br>
「待たすのやめえや。一回で出んかい」<br>
<br>
唇を曲げてそう言うと、星は頭を低くしながら門のところまで出てきた。<br>
<br>
「すんません。ついさっきまで道場で色々あったもんですから」<br>
「そんなん知らんわ。ワイが呼んだときは全部ほっぽって出てこんとあかんやろが」<br>
<br>
[if kaichou > 2]
星は救いを求めるように会長を見たが、会長も苦笑いするだけで何も言わない。<br>
日常茶飯事だからだ。<br>
[else]
星はうう、とうなり、もう一度「すんません」と答えた。<br>
[continue]
「で、何の用なんでっか? 今日はまだゴールデンウィーク中ですやろ」<br>
「柳岡はんの手帳のことや」<br>
<br>
星の視線が柳岡に向く。<br>
柳岡は少し居心地悪そうに肩をすくめ、「すまんのう」とつぶやいた。<br>
<br>
「昨日、どこかで黒い革の手帳見たおぼえないか? 中に大事なものが入っとったんやがなくしてもうて、午後までに見つけんとあかんのや」<br>
「黒い革の手帳……?」<br>
<br>
視線が千堂の顔に戻ってくる。<br>
明らかに心当たりがありそうな顔だ。<br>
<br>
「ワイも昨日、お前と一緒に見たおぼえがあんねん。見ながらなんか話したやろ。何かおぼえとらんか?」<br>
「え? おぼえとらんのですか? 昨日の夜のことでっせ」<br>
<br>
意外な反応が返ってきて、少し気圧された。<br>
まるでおぼえていて当たり前みたいな言い方だ。<br>
<br>
「黒い手帳、昨日見ましたわ。武士さんと一緒に」<br>
<br>
星はなぜだか責めるような口調でそう言い、千堂をちらりと見た。<br>
<br>
「ジム出て五分くらい歩いたところに落ちとって、二人で拾いました。『置いといたらそのうち拾いに来るんちゃいますか』て自分が言うたら、武士さんは『大事なことが書いてあるかもしれへんし警察届けた方がええやろ』て言うたんです」<br>
<br>
たらりと汗が流れる。<br>
まったく記憶にない、と答えられたらまだよかったが、ものすごく記憶にある。<br>
そうだった。<br>
誰のものか分からない落とし物として、道ばたで拾ったのだ。<br>
<br>
「ワイが責任もって近くの交番に預けてくるわ、持ち主が金持ちで一億円もろたらお前にも分けたるで、言うて手に持ってはったやないですか。あれどないしたんですか」<br>
「わ、」<br>
「わ?」<br>
<br>
一歩後退し、思わず右手を胸の位置まで挙げる。<br>
<br>
「分からん」<br>
「ああんっ!?」<br>
<br>
柳岡の目が三角形になった。<br>
<br>
「すまんが、おぼえとらん。歩いとるうちに落として忘れたのかもしれへん。どこやったかのう……」<br>
「こんの、ドアホ! 結局落とすんやったら最初から拾うのやめえや!」<br>
<br>
飛びかからんばかりに迫られて怒鳴られ、雷に驚いている猫のごとく小さくなる。<br>
<br>
柳岡の言う通りだ。<br>
途中で落とすくらいなら拾わない方がよかった。<br>
このまま手に持っていたら落としそうだという予感もあった。<br>
だから、<br>
<br>
「ん?」<br>
<br>
ふと記憶が蘇り、背中の荷物を引きずり降ろして中を確認しようと……すると、背負っていたものが首の折れた等身大ロッキー人形だったことを思い出して舌打ちした。<br>
<br>
「分かった。荷物ん中や」<br>
「荷物?」<br>
「昨日、ワイが持っとった荷物ん中に入れた。手に持っとったら落としそうやな、と思てバッグの中に入れといたんや。で、そのまま忘れた、いうわけや。つまり手帳はワイの昨日のバッグん中にある! これで一件落着や!」<br>
<br>
どや、この名推理、と言わんばかりの表情で一同を見渡すと、一様に冷たい目が返ってきた。<br>
<br>
「なーにが一件落着や。お前のせいやないか」<br>
「せやけど大事な手帳落としたのはアンタやで。ワイが拾わんかったら車に轢かれてグシャグシャになっとったかもしれへんやろが」<br>
「最後まで責任持てへん奴に拾われるくらいやったらダンプカーに轢かれとった方がマシやがな! 昨日の夜のことくらいおぼえとかんかい!」<br>
<br>
ぐう、とうなる。<br>
正論なのは重々承知の上だが心にくる。<br>
<br>
[if sensei]
「……すまん」<br>
「おう、そやな」<br>
「家帰って急いで取ってくるさかい、みんな美術館の前で待っとってくれ。柳岡はんもまだ時間あるやろ」<br>
「美術館……?」<br>
<br>
柳岡と星が首をかしげる。<br>
そういえば、二人にはまだ美術館のチケットのことをまだ言っていないのだ。<br>
<br>
チケットを手に入れた経緯を簡単に説明してまとめて美術館に誘う。<br>
どう見ても美術館のような静かな場所には縁のなさそうなメンツだが、物珍しさからかなぜか全会一致で承諾してくれた。<br>
いつものメンバー四人の美術館ツアーだ。<br>
<br>
<br>
<br>
>[[次へ->bijutukan01]]
[else]
「……すまん」<br>
「おう、そやな」<br>
「家帰って急いで取ってくるさかい、試験の会場の前で待っとってくれ」<br>
<br>
ぐぐっとアキレス腱を伸ばしつつそう言うと、柳岡はひとつため息をついて肩を叩いてきた。<br>
<br>
「試験は三時からや。まだ早いさかい、お前んちまで行くで」<br>
<br>
千堂はひとつ頷き、星に礼を言ってその場をあとにした。<br>
<br>
<br>
<br>
>[[次へ->juken06]]
[continue]
>{back link, label: '戻る'}config.header.center: "道ばた"
gym:true
--
[if juken > 1]
手伝いたいのはやまやまだが、フワフワしたことしか思い出せないならむしろ邪魔だろう。<br>
<br>
何か思い出したときのために試験会場の場所だけ聞き出し、その場を離れる。<br>
[else]
閉まっているものは仕方ない。<br>
<br>
今から昼過ぎまでなんて絶対に待てないし、せっかくの誕生日なのに時間も無駄にする。<br>
[continue]
とりあえずさっさとこの等身大ロッキー人形を直し、ロードワークを済ませ、久しぶりに祖母孝行でもしよう。<br>
<br>
うんうん、と一人で頷き、思案を再開する。<br>
<br>
さて、どこでテープを手に入れよう?<br>
<br>
<br>
<br>
>[[星の家->R2]]
>[[近所のコンビニ->R0]]
>{back link, label: '戻る'}config.header.center: "なにわ拳闘会前"
juken:juken+2
--
もうしばらく待ってみるのもいいかもしれない。<br>
<br>
しかし千堂はあまりじっとしていられないたちで、通知表にも欠かさず「落ち着きがありません」と書かれてきた。<br>
なので二分を過ぎるころにはもうイライラがピークに達していて、どうやったら扉を破れるかを考え始めていた。<br>
<br>
そんなとき、背後から聞き慣れた声が聞こえてきた。<br>
<br>
<br>
<br>
>[[次へ->R1-2]]
>{back link, label: '戻る'}config.header.center: "なにわ拳闘会前"
--
「千堂? 何や、朝っぱらからどないした?」<br>
<br>
声の主は柳岡だった。<br>
<br>
「ジムの前におるいうことは何か用あるんやろ。忘れ物でもしたんかいな」<br>
「……アンタこそどないしたんや」<br>
<br>
そう言いたくなってもおかしくはない、と思う。<br>
<br>
今日の柳岡は何やらパリッとしたスーツを着ていて、クタッとしていないネクタイを締めている。<br>
髪は散髪したて、ひげも剃りたてといった爽やかさだ。<br>
デートにでも行くのかもしれない。<br>
<br>
「ワイは単にセロテープ借りに来ただけや。アンタは何や。ジムの前で待ち合わせでもしとるんか? そないに気合入れた格好しとんのやったらもっとええとこで待ち合わせえ。もっとこう、何や、水族館とか美術館とか色々あるやろ」<br>
「あ?」<br>
<br>
柳岡は眉をひそめ、軽く首をかしげた。<br>
<br>
「何をわけの分からんこと言うとんねん。ワイはこれから試験やで。この格好も面接用や」<br>
「試験……?」<br>
<br>
思わず柳岡の顔を覗き込むと、彼は気まずそうな様子で頭の後ろを掻いた。<br>
<br>
「そや、試験や。スペイン語のな」<br>
「スペイン語お?」<br>
「おう。今まではスペイン語の勉強なんて考えもせえへんかったさかい、ある意味ではお前のおかげやな。世界戦はでっかい舞台や。自分でも少しは話せた方が安心やろ?」<br>
<br>
千堂が絶句していると、柳岡はわずかに照れ笑いを浮かべた。<br>
<br>
「まあ、正直まだビジネス会話がでけるレベルにはいっとらんが、大急ぎで勉強すればお前の世界戦までには多少分かるようになると思うで。向こうが言っとることのニュアンスも伝えられるようになる」<br>
<br>
まだ絶句が解けない。<br>
デートからいきなりスケールの大きな話になってしまった。<br>
<br>
千堂は、メキシコでの通訳など例の知り合いに任せておけばいいくらいにしか思っていない。<br>
最悪通訳などいなくても人間同士なのだから、目と目、ジェスチャーとジェスチャー、熱い心と心で通じ合える。<br>
そういういい加減な心持ちでいた自分を恥じ……たりはしないが、感心はした。<br>
柳岡のことだから、やるといえばやるのだろう。<br>
<br>
「ほうか。こないな朝からご苦労さんやな」<br>
「試験は夕方からや。せやけど、実は受験票をなくしてもうてな。あわてて出てきて探し回っとるところなんや」<br>
<br>
困ったように眉を下げ、柳岡は小さな声でそう答えた。<br>
<br>
「なくした!? アンタらしゅうないやんけ」<br>
「分かっとるわい。これでも絶対なくさんように手帳の中に入れとったんや。まさか手帳ごとなくなるとはなあ……」<br>
「家ん中は探したんか?」<br>
「一晩かけて隅から隅まで探した。せやから外を探しに来たんや。外いうてもジムか道かのどっちかやと思とるんやけどな。昨日、自転車にぶつかられてカバンの中ぶちまけたからそのときかもしれへんし、ジムで打ち合わせしたときに手帳取り出したからそのときかもしれへんし……。お前、どこかで見とらんか? 黒い革の手帳なんやけど」<br>
<br>
眉をひそめつつあごに手を当てる。<br>
黒い革の手帳。<br>
どこかで見たようなおぼえがある。<br>
<br>
「……どこで見たんやったかのう」<br>
「心当たりでええんや。何か思い出したことがあるんやったら言うてくれ」<br>
<br>
ますます深く眉間にしわを寄せ、必死で記憶を探る。<br>
手帳を見ながら「警察」とか「一億円」とか、そんな単語の入った会話をしたような……。<br>
<br>
「思い出せへん。けど、たぶん昨日見た」<br>
「昨日、いうことはジムでやな?」<br>
「そうかもしれへんが、分からん。その辺の道ばたでかもしれんし家かもしれん」<br>
「お前の記憶、フワフワしすぎやで」<br>
<br>
柳岡ははああ、と深いため息をつくと、気を取り直したように背すじを伸ばした。<br>
<br>
「とりあえずジムを探してみるわ。時間取らせてすまんな」<br>
<br>
早口でそれだけ言い、柳岡はくるりと背を向ける。<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
>[[このまま柳岡を行かせる->tape-default]]
>[[受験票探しを手伝う->R1-3]]
>{back link, label: '戻る'}yanaoka:yanaoka+3
config.header.center: "なにわ拳闘会前"
--
「ちょう待てや」<br>
<br>
背中を向けかけた柳岡を呼び止め、腕を引く。<br>
<br>
「手帳のこと思い出せへんとモヤモヤしよるわ。ワイも探すの手伝ったる」<br>
<br>
前に立ちふさがってそう宣言すると、柳岡はいぶかしげに表情を曇らせた。<br>
<br>
「そら助かるが、無理せんでええで。何ぞ用事あったんやろ」<br>
<br>
視線が千堂の背中にいく。<br>
等身大ロッキー人形の存在にようやく気づいたらしい。<br>
<br>
「近所のガキどもが作った人形や」<br>
<br>
あまり出来のよくない頭部ではなく、下半身をちらりと見せる。<br>
<br>
「これをさっき壊してしもたから直そと思てテープ借りに来ただけや。たいした用事やあらへん」<br>
「せやかて……」<br>
「ええから手伝わせえ! 見つからんと夢見が悪なるわ」<br>
<br>
ここまで言ってもためらっている柳岡を、ほぼ強引に押し切る形でジムの扉に手をかける。<br>
すると柳岡は小さくため息をつき、「さよか」とつぶやいた。<br>
<br>
「分かった。助かるわ。おおきにな」<br>
「礼を言うには早いやろが。まだ何も思い出とらんのやで」<br>
「お前の記憶力には期待しとらんわ。頭はいらんさかい、ジムん中探すんときだけ手え貸してくれや」
<br>
<br>
さんざんな言われようだが、記憶力が悪いのは事実なので反論はできない。<br>
手帳を見た場所が本当にジムだったのかも怪しい。<br>
場所を思い出す方が先のような気がする。<br>
あるいは、断片的に記憶している会話の相手を思い出すところから始めた方がいいのか。<br>
<br>
<br>
どれを優先すべきだろう?<br>
<br>
<br>
<br>
>[[ジムに行って普通に探してみる->juken01]]
>[[手帳を見た場所を頑張って思い出してみる->juken02]]
>[[手帳を見ながら会話した相手を思い出してみる->juken03]]
>{back link, label: '戻る'}config.header.center: "美術館"
hoshi:hoshi+3
--
白くて巨大な建物の前に立ち、息を呑む。<br>
<br>
ついに来てしまった。<br>
美術館にやって来てしまった。<br>
<br>
意外に近くにあるのに、こんなに立派なのに、一度も行ったことがない。<br>
行こうと思ったことすらないし、ロードワーク中に前を通っても何の感想もなかったし、そういえばそういうのがあるらしい、程度の認識で終わっていた。<br>
<br>
そんな千堂と似たような感性の持ち主であるはずの星は、なぜだか一度来たことがあるのだという。<br>
<br>
「中学んとき美術鑑賞の授業で連れてこられましたわ。武士さんは行かんかったんですか?」<br>
「……知らん」<br>
<br>
そんな授業があったことすら知らなかった、とは言えない。<br>
プールも球技大会も体育祭も文化祭も林間学校も修学旅行もケンカに明け暮れて学校をサボっているうちにいつの間にか終わっていて、数ヶ月経った後ようやく存在を知るような学生生活を送っていたからだ。<br>
<br>
「何しとんねん、千堂、星。並ばんといつまで経っても入れへんで」<br>
<br>
柳岡の声にようやく我に返り、小走りで入場列の最後尾につく。<br>
どうやらさっきまで電気系統のトラブルのせいで閉鎖していたらしく、客が一斉に押しかけて大混雑している。<br>
それとも連休最後の日だからか。<br>
子供の日割引をしているからなのか。<br>
元々人気のある展覧会だったのか。<br>
美術館に縁のない千堂には見当もつかないが、予想を大幅に上回る混み方だ。<br>
<br>
十分ほど待ってからようやく中に入ると、開けた空間に放り出された。<br>
デカくて豪華なオブジェが天井から吊り下がっている。<br>
雨のような銀色の細いすだれが無数に垂れ、その中に何だか謎の装飾が埋まっていて影を作っている。
<br>
正直千堂には「デカくて豪華」以外の感想などないが、千堂以外の三人はそれを見て感嘆の声をあげたり論評したりしていて、何だか楽しそうだ。<br>
<br>
入り口の巨大な空間の向こうにも広い通路があり、小部屋がいくつもあって、そのすべてに絵やらオブジェやら彫刻やらが展示されていた。<br>
<br>
正直すべてちんぷんかんぷんなのだが、普段まったく目にしないものばかりだから物珍しさはある。<br>
<br>
ところどころで立ち止まりつつ見回っていると、いつの間にか会長も柳岡も星もいなくなっていた。<br>
早く歩きすぎたのだろうか。<br>
<br>
出口は一ヶ所だから、はぐれたからといって焦る必要はない。<br>
さっきのデカいオブジェのそばで待っていればいいだけだ。<br>
<br>
しかし何となく胸騒ぎがする。<br>
<br>
<br>
<br>
他の三人を<br>
<br>
>[[探す->bijutukan02]]
>[[探さない->bijutukan03]]
>{back link, label: '戻る'}config.header.center: "自宅"
--
[if kaichou > 0]
結局美術館のチケットは街にいた知り合いにすべて譲り渡し、会長と柳岡とともに歩いて自宅まで戻ると、すでに昼になりかかっていた。<br>
自宅には祖母がいて、ちょうど昼食をとっているところだった。<br>
メニューはそぼろ丼で、卵が乗っている。<br>
<br>
それを見て、すぐにあることに思い当たった。<br>
<br>
今日の夕食はハンバーグだ。<br>
<br>
子供のころから、祖母は誕生日にはたいてい子供の好きそうなものを作ってくれた。<br>
ハンバーグにするときは多めに買ったひき肉と卵で前後のメニューがそぼろ丼になる。<br>
それも幼児のころからまったく変わらない習慣で、見ているとこそばゆくなるほどだった。<br>
<br>
「何や、遅かったやないの」<br>
<br>
億劫そうにひき肉を咀嚼していた祖母は、いまだ等身大ロッキー人形を背負ったままの千堂を見てあきれたようにそう言った。<br>
<br>
「セロテープはあったんか? 子供ら催促に来とったで」<br>
「そら後や。食うとるとこすまんが、会長はんと柳岡はんに茶出してくれんか。テープ探しとる間にちょう色々あっての」<br>
<br>
体をずらしてスペースを開けると、祖母は「まああ」と素っ頓狂な声をあげて立ち上がった。<br>
<br>
「いやいや、座っとってください。すぐ出ていきますんでおかまいなく」<br>
「わざわざ来てくれはったのに何もせえへんわけには……。昼ご飯出しますさかい、上がってくださいな」<br>
<br>
食べかけの皿をそのままにし、祖母はあわただしく台所へと去っていく。<br>
<br>
千堂はロッキー人形を背負ったまま自室へ向かい、さっそく昨日持っていたバッグの中に手を突っ込んで手帳を探し始めた。<br>
<br>
柳岡の黒い革の手帳は、「探す」なんていう行動が必要ないほどにあっけなく見つかった。<br>
ずしりと重たく、分厚く、使い込まれている。<br>
いかにも大事なことが書かれていそうだ。<br>
<br>
「あったで、柳岡はん」<br>
<br>
手帳を持って居間に戻ると、二人はすでにそぼろ丼をかき込んでいるところだった。<br>
<br>
「ほんまにすまんのう。昨日からカバン開けとらんかったさかい、思い出せへんかった」<br>
「あったんならもうええわ。拾うてくれておおきにな」<br>
<br>
柳岡はさっきとは打って変わった穏やかな声でそう言い、重い手帳を受け取った。<br>
<br>
「ちゃんと受験票も入っとる。これで受けられるわ」<br>
「そら何よりや。ワイらが言葉分からん思うてヒゲが悪口言うとったら教えてくれや」<br>
「そないなこと聞いてどないするつもりや。王者とケンカするんか?」<br>
<br>
その苦笑を聞き流しつつ台所に向かい、自分のぶんのそぼろ丼を盛りつけて戻ってくると、いきなり「何のんびり飯食うとんねんロッキー!」と叫ぶ金切り声が聞こえてきてげんなりした。<br>
<br>
さっきの子供たちだ。<br>
<br>
「……おのれら、飯どきくらい遠慮せえ、客がおるの分かっとるやろ」<br>
「呑気に飯食うとる場合とちゃうやろ! ワイらずっと待っとんのやで。直すの何時間かかっとんねん」<br>
「直すのに時間かかっとるんとちゃうわ。セロテープが見つからんだけやがな」<br>
「せやったらさっさとその辺のコンビニで買うたらええやん!」<br>
<br>
そやそや、とはやし立てる甲高い声。<br>
<br>
「分かった分かった、飯食うたらコンビニ行ってくるさかい、直すまでどっか行っとれ」<br>
<br>
そこまで言っても子供たちはなおもごねて続けていたが、二、三分も経つと自然と店の外に消えていった。<br>
いくら怒っていたとしても、大人が昼飯を食べているところをただ見ているより外で遊ぶ方が楽しいに決まっている。<br>
<br>
しかし、確かにそろそろ本気でテープを手に入れに行かなければならないかもしれない。<br>
このままでは手帳のときと同じく存在を忘れる可能性がある。<br>
<br>
食器を片付けてからふたたび等身大ロッキー人形を背負って外に出る。<br>
会長も柳岡もまだ少し時間に余裕があるらしく、コンビニに同行してくれることになった。<br>
[else]
柳岡とともに歩いて自宅まで戻ると、時刻はすでに昼になりかかっていた。<br>
自宅には祖母がいて、ちょうど昼食をとっているところだった。<br>
メニューはそぼろ丼で、卵が乗っている。<br>
<br>
それを見て、すぐにあることに思い当たった。<br>
<br>
今日の夕食はハンバーグだ。<br>
<br>
子供のころから、祖母は誕生日にはたいてい子供の好きそうなものを作ってくれた。<br>
ハンバーグにするときは多めに買ったひき肉と卵で前後のメニューがそぼろ丼になる。<br>
それも幼児のころからまったく変わらない習慣で、見ているとこそばゆくなるほどだった。<br>
<br>
「何や、遅かったやないの」<br>
<br>
億劫そうにひき肉を咀嚼していた祖母は、等身大ロッキー人形を背負ったままの千堂を見て驚いたようにそう言った。<br>
<br>
「セロテープはあったんか? 子供ら催促に来とったで」<br>
「そら後や。食うとるとこすまんが、柳岡はんに茶出してくれんか。テープ探しとる間にちょう色々あっての」<br>
<br>
体をずらしてスペースを開けると、祖母は「まああ」と素っ頓狂な声をあげて立ち上がった。<br>
<br>
「いやいや、座っとってください。すぐ出ていきますんでおかまいなく」<br>
「そう言わんと。武士が何かやらかしたんやったら何もせえへんのは申し訳ないですわ。昼ご飯出しますさかい、上がってくださいな」<br>
<br>
食べかけの皿をそのままにし、祖母はあわただしく台所へと去っていく。<br>
<br>
千堂はロッキー人形を背負ったまま自室へ向かい、さっそく昨日持っていたバッグの中に手を突っ込んで手帳を探し始めた。<br>
<br>
柳岡の黒い革の手帳は、「探す」なんていう行動が必要ないほどにあっけなく見つかった。<br>
ずしりと重たく、分厚く、使い込まれている。<br>
いかにも大事なことが書かれていそうだ。<br>
<br>
「あったで、柳岡はん」<br>
<br>
手帳を持って居間に戻ると、柳岡はすでにそぼろ丼をかき込んでいるところだった。<br>
<br>
「ほんまにすまんのう。昨日からカバン開けとらんかったさかい、思い出せへんかった」<br>
「あったんならもうええわ。拾うてくれておおきにな」<br>
<br>
柳岡はさっきとは打って変わった穏やかな声でそう言い、重い手帳を受け取った。<br>
<br>
「ちゃんと受験票も入っとる。これで受けられるわ」<br>
「そら何よりや。これでワイらが言葉分からん思うてヒゲがデカい声で作戦会議しとっても安心やな」<br>
「王者はそないなことせえへんわ」<br>
<br>
その苦笑を聞き流しつつ台所に向かい、自分のぶんのそぼろ丼を盛りつけて戻ってくると、いきなり「何のんびり飯食うとんねんロッキー!」と叫ぶ金切り声が聞こえてきてげんなりした。<br>
<br>
さっきの子供たちだ。<br>
<br>
「……おのれら、飯どきくらい遠慮せえ」<br>
「飯食うとる場合とちゃうやろ! ワイらずっと待っとんのやで。直すの何時間かかっとんねん」<br>
「直すのに時間かかっとるんとちゃうわ。セロテープが見つからんだけやがな」<br>
「せやったらさっさとその辺のコンビニで買うたらええやん!」<br>
<br>
そやそや、とはやし立てる甲高い声。<br>
<br>
「分かった分かった、飯食うたらコンビニ行ってくるさかい、直すまでどっか行っとれ」<br>
<br>
そこまで言っても子供たちはなおもごねて続けていたが、二、三分も経つと自然と店の外に消えていった。<br>
不満が退屈に勝てないのは、まだまだ子供である証だ。<br>
<br>
しかし、確かにそろそろ本気でテープを手に入れに行かなければならないかもしれない。<br>
このままでは手帳のときと同じく存在を忘れる可能性がある。<br>
<br>
食器を片付けてからふたたび等身大ロッキー人形を背負って外に出る。<br>
柳岡はまだ少しだけ時間に余裕があるらしく、コンビニに同行してくれることになった。<br>
<br>
[continue]
これでテープが手に入って人形を直せれば、本当の一件落着だ。<br>
意外によい誕生日になるかもしれない。
<br>
<br>
<br>
>[[次へ->R0]]
>{back link, label: '戻る'}
config.header.center: "星の家の前"
--
星の実家には何度か来たことがある。<br>
<br>
立派な門構え、一枚板の立派な看板。<br>
そしていつも人の出入りが激しい。<br>
門下生の子供たちは妙に礼儀正しく、千堂を見ると大きな声で「押忍」と挨拶してくるから星がたくさんいる気分になる。<br>
間違ってもキックボードを買ってくれとかアイスを奢れなどとは言いださない。<br>
<br>
門の前までくると中からわいわい騒ぐ声が聞こえてきて、今日もまたたくさんの子供たちが中にいることが分かる。<br>
<br>
ひとつ息を吐き、門の脇のインターフォンを押す。<br>
<br>
応答がない。<br>
<br>
もう一度押す。<br>
<br>
応答がない。<br>
<br>
もう一度押……そうとして、「何でやっ!?」とわめく。<br>
<br>
中に人がいるのに応答しないということは、つまり居留守だ。<br>
居留守を使われるのは、つまり星の家族にあまりよく思われていないということになる。<br>
<br>
息子をいつも手下のごとく引っ張り回し、メキシコにまで無理やり連れて行った悪い先輩だと思われているのかもしれない。<br>
それとも普段から家族のごとく上がり込んで夕飯を食べているのがいけないのか。<br>
門下生の子供たちを売れ残りの飴で釣っているせいなのか。<br>
<br>
いつもは何かやらかしても特に落ち込まないし反省もしない千堂だが、明らかな居留守を使われた(かもしれない)のはさすがに少しショックだった。<br>
これだけ騒がしいのだから居留守ではなく単に気づいていないだけなのかもしれないが、それを確かめに門を乗り越える元気はない。<br>
<br>
等身大ロッキー人形を背負ったままとぼとぼ来た道を引き換えしていると、斜め後ろから「あら?」という高い声が聞こえた。<br>
外でもよく通る声。<br>
人に聞かせることに特化した声。<br>
思わず顔を上げて振り向くと、そこには先生がいた。<br>
<br>
<br>
<br>
>[[次へ->hoshi03]]
>{back link, label: '戻る'}sensei:true
config.header.center: "道ばた"
--
「武士くん、どうしたの。こんなところに一人で。背中のそれは何?」<br>
<br>
朝一番だというのに先生は妙にパリッとした恰好をしている。<br>
ゴミ捨てとかコンビニに用があるとか、そういう感じの服装ではない。<br>
このまま出かけられそうだ。<br>
<br>
だったら、と思う。<br>
<br>
美術館のチケットのことを考えていたときに、その顔が浮かばなかったわけではない。<br>
浮かんだ顔の中で一番喜ばれそうな相手で、しかももらったチケットなのだから誘うのも自然だ。<br>
それでもチケットが二枚あるからといって先生を誘うのは何だかあからさまだし、あからさますぎるのは少々プライドに障る。<br>
<br>
が、偶然会ったのならあからさますぎることはない。<br>
プライドも傷つかない。<br>
<br>
よし、と心に決め、できるだけ落ち着いた低い声で「先生、今日空いとるか?」と呼びかける。<br>
<br>
「あら、それ人形なのね。もしかしてファンの子供たちが作ってくれたの? 一緒に走ってあげるなんてなかなか感心だわ」<br>
<br>
緊張したぶんずっこけそうになった。<br>
声が低すぎて聞こえなかったらしい。<br>
<br>
「それ、誕生日プレゼントなんでしょう。確か今日だったものね。おぼえてないかしら。あなたが受け持ちの生徒だったころ、ゴールデンウィーク中に補導されて迎えに行ったらおばあちゃんに『誕生日くらいおとなしゅうせえ』ってものすごい勢いで怒られてて、私や警察官の出る幕がなくて……」<br>
「先生」<br>
「な、何?」<br>
<br>
さっきよりももう少しだけ声を張り上げ、一歩前に進み出る。<br>
<br>
「今日、空いとるか? 午前だけでええんやけど」<br>
「空いてないわ。これから仕事なの」<br>
<br>
今度こそ膝ががくっと折れた。<br>
<br>
「さ、さよか……」<br>
「ええ。だから本当はジムかお宅に届けに行こうと思っていたんだけど、会えてよかったわ。直接渡せた方がいいもの」<br>
<br>
先生はそう言いながら大きなショルダーバッグの中を探り始めた。<br>
頭の中に「?」マークを浮かべつつ顔を上げると、先生は何のてらいも純粋な笑みを浮かべ、「はい」と言って小さな包みを差し出した。<br>
<br>
「お誕生日おめでとう、武士くん」<br>
「……おおきに」<br>
「中身はネクタイピンよ。あまりスーツは着ないかもしれないけど、あなたももう大人なんだからきっと役に立つときが来るわ」<br>
<br>
こわごわ包装を解いて箱を開けると、シンプルな形の金色のピンが出てきた。<br>
<br>
遠くを見るような目でそれを眺める。<br>
<br>
確かにスーツにはあまり縁がない。<br>
けれど、これから先スーツを着る機会がたくさんできたとしても、たぶんこのタイピンは使えないだろう。<br>
絶対なくせないものは持ち歩けない。<br>
<br>
「それじゃ、もう行くわね。いい誕生日を過ごして。……あ!」<br>
<br>
笑顔のまま背を向けかけていた先生は、弾かれたように立ち止まってふたたびバッグの中に手を突っ込んだ。<br>
<br>
「そうだ、よかったら今日これ使って。もし他に予定あったらそのまま捨ててしまってもかまわないから」<br>
<br>
あわてた口ぶりでそう言い、先生は薄い封筒を取り出した。<br>
中から見おぼえのある紙二枚が出てくる。<br>
<br>
「今日までの美術館のチケットなの。今年の二月に生徒の保護者からいただいたんだけど、使う機会がないまま今日になってしまって。二枚あるから、おばあちゃんやお友達を誘ってみて。押しつける形になってごめんなさいね。それじゃあまた!」<br>
<br>
<br>
<br>
>[[次へ->hoshi04]]
>{back link, label: '戻る'}config.header.center: "道ばた"
--
結局心のこもった礼も言えないまま先生と別れ、一人に戻る。<br>
<br>
手元に残ったのはプレゼントのタイピンと美術館のチケット、さらに二枚。<br>
合わせて四枚。<br>
星に押しつけるつもりが逆に増えてしまった。<br>
<br>
こうなってはもう二枚も四枚も一緒だ。<br>
どうにかして処分方法を考えるか、あるいはチケットのことなど全部忘れて背中の等身大ロッキー人形の修理に戻るか。<br>
<br>
<br>
これからどうしよう?<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
>[[美術館のチケットを消化する->bijutu02]]
>[[等身大ロッキー人形を直す->naosu]]
>{back link, label: '戻る'}
config.header.center: "道ばた"
--
等身大ロッキー人形の修理もしなければならないが、このチケットをどうにかしないと収まらない。<br>
<br>
[if ticket > 2]
誰を誘おう?<br>
>[[柳岡->yana01]]
>[[祖母->sobo01]]
[else]
いちいち訪ね歩くのも時間の無駄だし、もうその辺を歩いている見知らぬ人にチケットを譲ってしまおう。<br>
>[[次へ->mob01]]
[continue]
>{back link, label: '戻る'}config.header.center: "美術館"
--
探さなくても大丈夫だろうとは思いつつ、以前星と二人でメキシコへ行ったときに空港と街中の路地裏ではぐれかけたことを思い出していてもたってもいられなくなった。<br>
<br>
空港のときは途中でトイレに行って方向が分からなくなり、通路表示もすべて外国語だから搭乗口で待っていることもできなくなって、その辺の土産物店の店員に無理やり案内を頼んだのだ。<br>
<br>
いや、そっちはまだいい。<br>
<br>
街中でメキシコの野良猫を追いかけて危ない路地裏に迷い込んだときは、決死の思いでならず者どもと戦う覚悟を決めた。<br>
しかしマリファナをやりながら路地裏でたむろしていた若者たちは親切にも千堂を大通りに連れ戻してくれて、そのとき再会した星に「死んだと思った」と言われて泣かれたのだった。<br>
<br>
……思い返すとどっちもたいしたピンチではなかったが、はぐれないに越したことはない。<br>
この混雑の中、出口を張っているだけで見つけられるほど注意力に自信もない。<br>
<br>
早足で人と人の間をかき分けて歩き、ほとんど出口に近いミュージアムショップが見えたとき、ようやく見知った顔を見つけた。<br>
<br>
しかし三人はこっちに気づいていない。<br>
陳列棚にある何かを熱心に見ながら討論している。<br>
<br>
「あかんて。絵葉書なんぞ喜ばへんやろ。電話番号メモする紙にされて終わりやで」<br>
<br>
柳岡の声だ。<br>
人が多すぎるせいか、千堂が真後ろにいることに皆気づいていない。
<br>
<br>
「せやったらしおりもタペストリーもボールペンもあかんな。いっそ塗り絵セットなんかどないや。あいつ絵だけは達者やないけ」<br>
「いやいや会長、武士さんは幼稚園児ちゃいまっせ」<br>
<br>
わはは、と一斉に声をあげる。<br>
なーにがわははや、と思ったが、彼らが何をしているのかが何となく分かってしまったので声はかけないでおいた。<br>
<br>
そっとその場を離れ、出口へと急ぐ。<br>
<br>
そのままぼうっとデカくて豪華なオブジェを見上げていると、柳岡たちが早足でこっちに歩いてくるのが見えた。<br>
<br>
少し気まずいが、何も見ていないふりを押し通す。<br>
千堂の姿を見つけて真っ先に駆け寄ってきたのは星で、「早かったやないか」と笑いながら言ったのは会長で、何も言わずに微笑したのは柳岡だった。<br>
<br>
千堂は不愛想に「おう」とだけ答え、等身大ロッキー人形を背負い直してから出口へと向かう。<br>
何だか、思ったよりもよい誕生日になってしまった気がする。<br>
<br>
<br>
<br>
>[[次へ->bijutu04]]
>{back link, label: '戻る'}config.header.center: "美術館"
--
まあ、探さなくても大丈夫だろう。<br>
ここはメキシコの空港ではないし、メキシコシティの裏路地でもない。<br>
<br>
出口で待っていれば合流できるはずだ。<br>
<br>
のんびりした足取りで出口に向かっていると、柳岡たちが早足でこっちに歩いてくるのが見えた。<br>
<br>
思った通りだ。<br>
<br>
<br>
<br>
>[[次へ->bijutu04]]
>{back link, label: '戻る'}config.header.center: "道ばた"
fight:true
--
ずいぶん時間を食ってしまったような気がしたが、いつものメンバーによる美術館ツアーは並んだ時間を合わせても一時間ちょっとといったところだった。<br>
<br>
一度家に帰ってロッキー人形を修理すればジムに行く時間になるだろう。<br>
<br>
柳岡の試験まではあと一時間ほどらしく、多少緊張した面持ちになっている。<br>
<br>
「顔、青いで柳岡。少し休んだ方がええんちゃうか」<br>
「いえ、大丈夫ですわ。落ちて世界戦がフイになるんやったら緊張もしますが、これはワイだけの問題やさかい」<br>
<br>
苦笑しつつそう答える柳岡の顔は、やはり何だか青い。<br>
<br>
緊張ではなく、おそらく寝不足と疲労だろう。<br>
聞けば受験票探しで昨日は一睡もしていないらしいし、今日は夜明けとともに外に探しに出たらしいし。<br>
<br>
顔をしかめながら首をごきごきと鳴らす。<br>
<br>
はっきり言って、彼の寝不足と疲れは千堂のせいだ。<br>
千堂が手帳を荷物の中に入れたのを忘れなければ、昨日のうちに交番に行くだけで見つかった。<br>
<br>
「ちょうええか」<br>
<br>
先頭にいた千堂が急に立ち止まって振り向くと、皆つられて足を止めた。<br>
背中の等身大ロッキー人形をかざしてぶっきらぼうにこう言う。<br>
<br>
「こいつ直すのにセロテープかガムテープが要るんや。せやからどっか寄りたいんやけどええか?」<br>
<br>
買い物くらい一人ですればいいのだが、それでは気持ちが収まらない。<br>
やってしまったことを変えられないなら、これから少しくらい償いたい。<br>
具体的にはファイト一発とか元気ハツラツ的な何かを買って柳岡にプレゼントし、短時間でもどこかで休んでもらう。<br>
<br>
会長と柳岡は目を見合わせ、「ええで」と簡潔に答えた。<br>
<br>
これで決まった。<br>
次の目的は、買い物だ。<br>
<br>
<br>
<br>
>[[次へ->R0]]
>{back link, label: '戻る'}config.header.center: "星の家"
--
「武士さん! お誕生日おめでとうさんです! わざわざ誕生日によう来てくれはりました!」<br>
<br>
小走りどころか全力疾走に近い勢いで門の前まで走ってきた星は、千堂の手を握ってぶんぶんと振り回した。<br>
<br>
「武士さんのことやから、きっと忘れとると思てました。なのに朝から助太刀に来てくれはって……ほんまおおきにですわ、感謝ですわ」<br>
<br>
星はもはや泣き出しそうな勢いだ。<br>
<br>
しかし千堂は何をそんなに感激されているのかぜんぜん分かっていない。<br>
こんな調子では「セロテープを貸してくれ」と言いだしづらい。<br>
<br>
「ささ、入ってください。生徒たちももう全員揃ってまっせ」<br>
<br>
頭の中に特大の「?」を浮かべたまま、星に腕を引かれて道場の中に入っていく。<br>
稽古場に入るときは「押忍」と挨拶するのがマナーだと聞いたので一応星の真似をし、わけが分からないながらも居並ぶ子供たちの前に立つ。<br>
等身大ロッキー人形を背負ったまま。<br>
<br>
「ええですか。この間も言いましたが、くれぐれもギリギリで負けたってくださいよ。いくらお祭りでも、手え抜いとるのがバレたらつまらん思い出になりますから」<br>
<br>
星はそう耳打ちをしてくる。<br>
<br>
先輩ぶって神妙に頷いたはいいものの、聞けば聞くほど状況が呑み込めない。<br>
<br>
子供たちにわざと負ける必要があるお祭りって何だ。<br>
てっきり子供と戦わされるのかと思ったが、ローテーブルが所狭しと並べられているのを見るとそういう感じでもない。<br>
これでは稽古すらできなさそうだ。<br>
<br>
恥を忍んで正面から聞こうとしたとき、星が大声で号令を出した。<br>
机の前に正座していた子供たちは脊髄反射かと思うほどの素早さで直立し、何事かを大声で応える。<br>
星は号令をかけながら何かの空手の型を実演し、子供たちもそれに倣う。<br>
<br>
正直、謎の異世界にでも迷い込んだかのような気分だった。<br>
わけが分からないの域を超えている。<br>
これは、何だ。<br>
何が行われるんだ。<br>
机と机の隙間に立って戦うのか?<br>
机を使うデスマッチぶつかり稽古なのか?<br>
<br>
「武士さんはそっちから頼んます。小さい子には三人がかりでかかってくるように声かけてください。あとは好きにやってくれてええです。武士さんは子供の扱い慣れとるさかい、信頼してまっせ」<br>
<br>
見ようによっては泣きそうな、あるいは腹を壊していそうな表情を浮かべている千堂は、その頼もしげな言葉にやせ我慢の頷きを返した。<br>
<br>
目の前に立っている子供たちの顔からは、はちきれんばかりの物珍しさと期待と野心を感じる。<br>
<br>
頭を抱えたいがもう抱えられない。<br>
もうここまできたら恥を忍べない。<br>
<br>
デスマッチぶつかり稽古、やったるわい!と声に出して咆哮し、等身大ロッキー人形を投げ捨てて一番近くにあった机を三つほどまとめて頭の上まで持ち上げた。<br>
<br>
うおおお、という畏怖の喚声がそこかしこ聞こえてくる。<br>
よかった。<br>
これで合っているのだ。<br>
<br>
しかしこんな硬いものを自分より弱くて小さい子供の頭に振り下ろすなんて正気の沙汰ではない。<br>
わざと負けろということは、むしろ振り下ろされろということなのか?<br>
この子供たちに机でボコボコにされろと?<br>
わざわざ誕生日に?<br>
<br>
そのとき、星が淡々とした声でこう言った。<br>
<br>
「おのれらはあの人の真似したらあかんでえ。腕相撲んときも礼を忘れんようにするんやで」<br>
<br>
押忍!と子供たちが声を張り上げて応える。<br>
<br>
「……それを先言わんかい」<br>
<br>
机をソッ……と下ろしながら、徒労感丸出しの声でそう言う。<br>
<br>
腕相撲。<br>
<br>
そうだった。<br>
そういえばそうだった。<br>
少し前、ジムから帰り道でそんな話を聞いた。<br>
実家の道場で、子供の日の特別イベントとして腕相撲大会をするからよかったら手伝いに来てくれ、と言われた。<br>
毎年星が相手をしているが、わざと負けなければならないから終わった後の疲労がすごい上に負け方がへたくそであまり盛り上がらないらしい。<br>
<br>
ガキどもの相手やったら任せとき、と調子よく返事をしたこともおぼえている。<br>
誕生日なのに申し訳ない、と恐縮する星に、忘れへんかったら行ったるわ、と返したこともおぼえている。<br>
<br>
その会話自体、今の今まで忘れていた。<br>
忘れたことも忘れていた。<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
>[[次へ->ude02]]
>{back link, label: '戻る'}config.header.center: "星の家"
--
デスマッチぶつかり稽古、改め子供の日特別腕相撲大会は、トーナメントやリーグ戦ではなく全員で大人に立ち向かう協力型バトルだった。<br>
<br>
まず幼児から中学生までの子供たちをいくつかのグループに分け、机の前に座らせる。<br>
星と千堂は机を回ってグループに勝負を挑む。<br>
もちろん大人と子供では腕力に開きがあるので何人で受けてもOKだが、足を使ったりくすぐったり笑わせたり目つぶしをしたりなどの反則行為はもちろん禁止。<br>
グループそれぞれの勝ち星が大人のそれを上回ったら子供チームの勝ち。<br>
下回ったら大人チームの勝ち。<br>
勝った方には豪華賞品が贈られるらしい。<br>
<br>
……というのは建前で、毎年必ず子供たちが勝つようになっているのだと星は言っていた。<br>
<br>
子供たちもグループ全体の勝敗がかかっているので無謀な単独勝負を挑んでこないし、大人も子供チームが勝てるようこっそり手を抜いている。<br>
豪華賞品とやらも学習ノートとラインマーカーのセットだから、元々子供が勝つことしか想定されていない。<br>
すべて子供の日限定のスペシャルサービスなのだそうだ。<br>
<br>
わざと負けなければならないとはいってもしょせん子供の相手だ。<br>
そんなに消耗するわけはないと思っていたが、どういうわけだか三グループめには体が重くなっていた。<br>
<br>
常にギリギリを攻めるというのはなかなかキツいものがある。<br>
勝てば徒労感など吹っ飛んでいくのだが、わざととはいえ負け続けだとストレスはたまる一方で少しも解消されない。<br>
<br>
星の方をちらりと見ると、同じくらいげっそり始めているのが分かった。<br>
<br>
そのわりにはあまり盛り上がっている様子がない。<br>
子供も子供なりに、星が手を抜いているのが分かっているからだろう。<br>
<br>
ここは、部外者として一肌脱ぐ必要があるのではないか。<br>
<br>
<br>
<br>
>[[子供たちに本気の勝負を挑む->ude03]]
>[[星に本気の勝負を挑む->ude04]]
>{back link, label: '戻る'}config.header.center: "星の家"
--
千堂は勝負を放り出して走り出し、星の首根っこをつかんで道場の真ん中に引きずっていった。<br>
ついでに星をブルドーザーのように使って机を隅に寄せ、中央を開ける。<br>
<br>
道場に通ってきている子たちは礼儀正しいから、近所の子供たちのように「何しとんねんロッキー、もう飽きたんか?」などという容赦のない言葉を浴びせてくることもない。<br>
唖然としながらその様子を眺めているだけだ。<br>
やがて星がわけも分からず膝をつかされているのを見てようやく「先生に何すんねん!」と悲痛な声をあげ始めた。<br>
<br>
「この腕相撲大会はワイがもろたで」<br>
<br>
わざとらしい笑みを浮かべながらそう言うと、子供たちは素直に「はあっ?」と叫ぶ。<br>
うれしくなるほど素朴な反応だ。<br>
<br>
「お前らが先生呼んどるこの男はのう、実はワイの手下なんや。ワイが銀行強盗せえ言うたらする、忠実な手下なんやで」<br>
<br>
そこまで忠実とはちゃいます、と本人による小声のツッコミが入る。<br>
<br>
「お前らを一人ずつ倒してこいつにわざと負けさせて優勝かっさらったる思うとったが、ワイは短気なんや。全員まとめてやったる。ワイと星vsお前ら全員で腕相撲勝負や。どや?」<br>
<br>
周囲がざわめく。<br>
体の大きな子たちはさすがに少し白けた顔をしているが、小学生や幼児たちは義憤にかられて盛り上がっている。<br>
いきなり乱入してきた男から星を取り返すべく頑張ろう、と興奮して叫んでいる子もいれば、みんなで取り押さえてあいつを警察に突き出そう、と聞き捨てならないことを言っている子もいる。<br>
<br>
「……さすがですわ」<br>
<br>
星は片膝をついた服従のポーズを取りながらぽつりとつぶやいた。<br>
<br>
「このイベント毎年やっとるんですが、マンネリ化してもうて何やっても盛り上がらへんのです。武士さんが来てくれはって助かりましたわ、ほんまに」<br>
<br>
照れ隠しに星の頭を軽くはたく。<br>
<br>
しかし、まだ成功すると決まったわけではない。<br>
二人vs数十人の腕相撲勝負などまともには成立しない。<br>
どれだけ角度を調整しても力を込められるのは数人が限度だ。<br>
大人一人vs数人の子供のときよりわざと負けた感が出てしまうかもしれない。
<br>
<br>
始めるでえ、と声をかけると、子供たちが我先にと机の前に立ちはだかる。<br>
<br>
前列には小さい子たちが群がって小山のようになり、その頭上から背の高い子たちが手を出してくる。<br>
直接参加することができず、周りを囲むようにして体を支えている子供もいる。<br>
応援しているだけの子もいる。<br>
机の上に肘を立てたプロボクサー二人の太い腕に恐れをなして騒ぎ立てる子もいれば、真剣に作戦を練っている子もいる。<br>
<br>
審判役をかって出た子供の一人が「よーい」と声をかけると空気がぐっと締まる。<br>
そしてその後の「はじめっ」という掛け声とともに、生徒たちは棒倒しのごとき勢いで千堂と星に群がってきた。<br>
<br>
「ちょ、ちょう待ておのれら、」<br>
<br>
二人ともあっという間にもみくちゃにされて前が見えなくなる。<br>
前後左右道着に挟まれて息もできない。<br>
たまらずに立ち上がると、それでも子供たちは勝負を続けようとして本当の棒倒しのようになってしまう。<br>
<br>
これはもう腕相撲ではない。<br>
何かの勝負でもない。<br>
カオスの渦だ。<br>
予想できたことではあったが、ここまでわけの分からないことになるとは。<br>
<br>
ともに腕を構えていたはずの星は床に引き倒されているのかもはや姿も見えないし、甲高い子供たちの叫び声にかき消されて声も聞こえない。<br>
<br>
このあたりが潮どきかもしれない。<br>
<br>
千堂はおとなしく棒倒しの棒になり、ぐわああ、と大声で吠えながら床に転がる。<br>
<br>
そのまま審判役の子供にそれとなく目くばせをすると、「青の勝ち!」と宣言する声が聞こえた。<br>
<br>
みな興奮して趣旨を忘れたのか、わー!と歓声をあげて狂喜乱舞している。<br>
星はよれよれの姿で子供たちの体の下から這い出てきて、にこにこしながら豪華賞品を配り始めた。<br>
生徒たちはまるでオリンピックで金メダルを獲ったがごとき喜び方をしていて、プロボクサーを倒せたのだから身長三メートルの巨漢でも倒せると大口を叩いてはしゃいでいる。<br>
<br>
色々な意味でこれでいいのかどうかは正直分からないが、それなりに盛り上がったのは間違いない。<br>
しかし来年の子供の日もゲストに呼ばれてこれをやらされるかもしれないと思うと、少し頭が痛い。<br>
<br>
<br>
<br>
>[[次へ->ude05]]
>{back link, label: '戻る'}config.header.center: "星の家"
--
千堂は勝負を放り出して走り出し、星の首根っこをつかんで道場の真ん中に引きずっていった。<br>
ついでに星をブルドーザーのように使って机を隅に寄せ、中央を開ける。<br>
<br>
道場に通ってきている子たちは礼儀正しいから、近所の子供たちのように「何しとんねんロッキー、もう飽きたんか?」などという容赦のない言葉を浴びせてくることもない。<br>
唖然としながらその様子を眺めているだけだ。<br>
<br>
「お前ら、こんなぬるいモンでええんか?」<br>
<br>
拳を固め、周囲を見回しながらそう言うと、子供たちは困惑した表情を浮かべた。<br>
<br>
「このごっつう強い男に手え抜かれた勝負されてつまらん思わんのか? おのれらも強なりたいからここに通っとんのやろが。せやったら本気の勝負、したなるやろ?」<br>
<br>
うんうん、と強く頷いたのは中学生くらいの最年長の子たちだ。<br>
<br>
「そう言うてもなあ、こいつもワイもほんまもんのプロボクサーや。お前らじゃ勝たれへん。何人で来ても無理や。まともな勝負になるんは自分と体のサイズが同じ奴だけや」<br>
<br>
星は途中でことの成り行きが読めたのか、千堂が演説している間に道場の隅にホワイトボードをセットしていた。<br>
マーカーで真ん中に線を引き、両側に「星」「千堂」と書く。<br>
<br>
「ええかお前ら。これからワイと星のどっちにつくんか決めえ。ワイチームと星のチームの真向勝負や。ワイについたら賞品に酢だこと飴足したるで。豪華な子供の日になりそやろ?」<br>
<br>
しかし酢だこと飴も、子供たちに信頼され、強さが保証されている星の人気にはかなわなかった。<br>
千堂のところに自分の名前を書いてくれたのは数人だけだ。<br>
妙に不遜な目つきをした中学生、一秒たりともじっとしていない小学生、隙あらば大人によじのぼって髪をむしろうとしてくるやんちゃな幼児の三人。<br>
全員手のつけられない悪ガキ感がにじみ出ていて親近感を覚える。<br>
<br>
チームの人数に差があるので、勝負は四人対四人の団体戦形式になった。<br>
体格が似た子同士で対戦させることにし、千堂はもちろん星と当たる。<br>
<br>
星は最初自信のなさそうな顔をしていたが、実際に机を挟んで向かい合ってみると絶対に勝つという心意気を表情から感じた。<br>
<br>
普段ジムでスパーはしているが、この男と本気の勝負はしたことがない。<br>
本気で相対するのは出会ったとき以来だろう。<br>
猫の世界では、一度勝負が済んで上下関係が決まってしまえばその後むやみにぶつかることはない。<br>
千堂と星の関係もそうだ。<br>
しかしあれは「自慢の右ストレートを食らっても倒れなかった」だけであって、星をマットに沈めたわけではない。<br>
そういう意味では、勝負はまだ済んでいない。<br>
<br>
「手加減はせんといてくださいよ、武士さん」<br>
「安心せえ、ぶちのめしたるわ」<br>
<br>
千堂はにやりと笑い、星が差し出した手を軽く握る。<br>
ボクシングではないのが残念なくらいに気分が高揚していく。<br>
純粋な腕力はおそらく同じくらいだろうから、腕相撲でもいい勝負になるだろう。<br>
<br>
審判役をかって出てくれた子供が合図をする。<br>
とたんに空気が引き締まり、触れたら爆発しそうなほどの緊張感が自分たちを包む。<br>
<br>
はじめ、という声とともに全身に力を込め、星をねじ伏せるべくぐっと肩を入れた。<br>
腕だけの力ではすぐに持っていかれる。<br>
かといって右半身だけでも上半身だけでもだめだ。<br>
下半身のふんばりが上半身に伝わるようにしないと競り負ける。<br>
思った通り、星の右腕はとんでもなく強い。<br>
どんなに押されても心も折れない。<br>
これは、長くかかりそうだ。<br>
<br>
気がつくと全身からだらだら汗が噴き出ていて、机の上にぽたぽたと滴っている。<br>
目が血走っているのが自分で分かる。<br>
<br>
「せんせー頑張れー」と無邪気に叫んでいる子供たちの声が聞こえる。<br>
星がここの生徒たちの師であること、さらには今日が子供の日であることを考えればわざと負けてやるべきなのかもしれないがそうはいかない。<br>
こっちにも意地がある。<br>
ジムの先輩としての意地が。<br>
伝説の王者との世紀の一戦を控えている者としての意地が。<br>
<br>
ぐおおおお、とうなって最後の力を振り絞り、星の凶悪極まりない右腕を押し返していく。<br>
この時点で、少しおかしいとは思っていたのだ。<br>
子供たちが必死で星を応援する声が、何だか近すぎるような気がする。<br>
机の周囲に人が密集しすぎているような気がする。<br>
<br>
星が同じく最後の力で盛り返そうとしたとき、「それ」はついに決壊した。<br>
白い道着の山が悲鳴とともに机になだれ込んでくる。<br>
千堂は横倒しになり、星はもみくちゃになり、机は不吉な音を立てて脚が折れて崩れた。<br>
<br>
幸運にもけが人はいなかったが、星との本気の腕相撲勝負はノーコンテストになってしまった。<br>
<br>
しかしチームとしては星が勝ち、豪華賞品は参加賞として全員に配られることになった。<br>
千堂には誕生日プレゼントとして、名前の縫い取りがしてある空手着が星と生徒たちから贈られた。<br>
空手などいまも今後もする予定はないが、まあパジャマにはなるだろう。<br>
<br>
<br>
>[[次へ->ude05]]
>{back link, label: '戻る'}config.header.center: "星の家"
--
豪華賞品を手に持った生徒たちが帰宅するころにはだいぶ日が高くなっていた。<br>
<br>
道場の片づけを手伝ったり星の家族と雑談したりしているうちに昼になり、飯どきに差し掛からないうちに星の家を出るとなぜだか星もついてきた。<br>
<br>
「腹減りましたわ。よかったら飯食うていきませんか、その辺の店で」<br>
<br>
そう言われて少し考える。<br>
正直、のんびり昼飯など食べている時間はない。<br>
等身大ロッキー人形をまだ直せていないのだ。<br>
腕相撲大会にかまけてセロテープを借りるのも忘れたし、このまま街をうろついていたらまた忘れる。<br>
下手すると落とす。<br>
<br>
しかし空腹なのは事実だからさっさと腹を満たしたい気もする。<br>
<br>
この先どうしよう?
<br>
<br>
>[[等身大ロッキー人形の修理を優先する->ude06]]
>[[昼飯を食べに行く->ude07]]
>{back link, label: '戻る'}config.header.center: "道ばた"
--
いい加減、ちゃんと等身大ロッキー人形の修理と向き合わなければ。<br>
忘れるだけならまだいいが、等身大ロッキー人形自体をなくしたりさらに壊したりしたら言い訳もできない。<br>
<br>
星に別れを告げ、自宅へ向かって歩き出す。<br>
<br>
直すためにはまずテープを手に入れなければならない。<br>
<br>
もう時間も迫っていることだし、自宅近くのコンビニで買ってしまおう。<br>
>[[次へ->R0]]
>{back link, label: '戻る'}config.header.center: "道ばた"
--
「ええで。パッと食うてパッと出ようや」<br>
<br>
そう言うと星はうれしそうに頷いた。<br>
さっさと人形の修理をしなければならないことには違いないが、いくら何でも昼飯を食べる時間くらいあるだろう。<br>
<br>
しばらく歩くと見慣れた看板が見えてくる。<br>
安くて量の多いファミリーレストランだ。<br>
星と二人で食事にくるときはたいていここだから、メニューもドリンクバーのラインナップも店員の顔も頭に入っている。<br>
<br>
なので二人とも当然のように店に足を向けたのだが、入り口の自動ドアに「調理設備故障のため臨時休業いたします ご迷惑をおかけし申し訳ありません」と大書された紙が貼ってあった。<br>
<br>
「休みやと……?」<br>
「そうみたいでんな……」<br>
<br>
ぐう、と腹が鳴る。<br>
そういえば今日は朝からまだ何も食べていないのだ。<br>
起きて着替えたとたんに子供たちの襲撃に遭ったから食事をしている余裕もなかった。<br>
減量中でもないのになぜこんなに腹ぺこにならなければならないのか。<br>
<br>
「休みなもんはしゃあないですわ。他のところ探しましょか。今日はお礼代わりに奢りますさかい、何でも好きなもの言うてください。焼き肉でも回転寿司でもええですから」<br>
<br>
星はそう言い、励ますように肩を叩いてきた。<br>
<br>
しかし何かこう、テンションが上がらない。<br>
空腹なのは間違いないし肉と寿司を食いたくないわけでもないのだが、なぜだか心に軽い引っかかりがある。<br>
何かを忘れているような気がする。<br>
<br>
「……星」<br>
「? どないしました、武士さん」<br>
「すまんが家帰るわ」<br>
「帰るて、何か用事でもあるんでっか?」<br>
「ない。せやからお前も来いや」<br>
<br>
急に方向転換をして自宅方向へと歩き出すと、星は首を傾げつつも千堂のあとをついてきた。<br>
<br>
用事など本当にない。<br>
予感に確証があるわけでもない。<br>
だが、戻っておいた方がいいような気がする。<br>
<br>
<br>
<br>
>[[次へ->ude08]]
>{back link, label: '戻る'}hoshi:hoshi+3
config.header.center: "自宅"
--
やはり、その予感は的中していた。<br>
<br>
自宅の居間には祖母がいて、ちょうど昼食をとっているところだった。<br>
メニューはそぼろ丼だ。卵も乗っている。<br>
<br>
きっとそうだと思ったのだ。<br>
<br>
なぜなら、子供のころから誕生日の晩は毎年決まって祖母がハンバーグかエビフライを作ってくれる。<br>
<br>
ハンバーグにするときは多めに買ったひき肉と卵で前後のメニューがそぼろ丼になる。<br>
エビフライのときは同じ理由で前後がエビピラフだ。<br>
前夜祭・後夜祭じみたそのメニューに大喜びする千堂を、元々細い目をさらに細めて見る祖母の顔がいまだに頭に残っている。<br>
それは幼児のころの話だが、習慣としては大人になって久しい今でもまだ残っている。<br>
何度「もういい」と言っても祖母はやめようとしない。<br>
今ではもう、嬉しいというよりこそばゆい。<br>
<br>
「何や、遅かったやないの」<br>
<br>
億劫そうにひき肉を咀嚼していた祖母は、等身大ロッキー人形を背負ったままの千堂を見て驚いたようにそう言った。<br>
<br>
「セロテープはあったんか? 子供ら催促に来とったで」<br>
「まだや。探しに行った先で色々あっての」<br>
「昼飯は食うたんか? そぼろとご飯ぎょうさん残ってるで」<br>
「もらうわ。こいつと一緒に」<br>
<br>
体をずらして後ろにいた星の姿を見せると、祖母は「アホが二人に増えてもうたわ」とおかしげに笑ってつぶやいた。<br>
<br>
「支度はワイがやるさかい、ばあちゃんは食うとってええで。星も隣座っとれ」<br>
「いえいえ、自分も手伝います。せっかくの誕生日に家族団らんの時間を邪魔してもうて申し訳ないですし……」<br>
<br>
譲り合うのも馬鹿らしいので二人して台所へ向かい、どんぶりに飯を盛りつけて茶色いそぼろを乗せ、生卵を割り入れる。<br>
たったそれだけといえばそれだけなのだが、腹が減っているせいか妙にうまそうに見えた。<br>
子供の日特別腕相撲大会、改め男の意地をかけた真剣勝負を無事に終えたからこそ美味しそうに感じるのかもしれない。<br>
<br>
どんぶりを持っていそいそと戻ってきて、二人同時にちゃぶ台の前に着席すると、いきなり「何のんびり飯食うとんねんロッキー!」とわめく金切り声が聞こえてきた。<br>
<br>
さっきの子供たちだ。<br>
<br>
「……おのれら、飯どきくらい遠慮せえ。腹減ってんねやこっちは」<br>
「飯食うとる場合とちゃうやろ! ワイらずっと待っとんのやで。直すの何時間かかっとんねん」<br>
「直すのに時間かかっとるんとちゃうわ。セロテープが見つからんだけやがな」<br>
「せやったらさっさとその辺のコンビニで買うたらええやん!」<br>
<br>
そやそや、とはやし立てる甲高い声。<br>
<br>
「分かった分かった、飯食うたらコンビニ行ってくるさかい、直すまでどっか行っとれ」<br>
<br>
そこまで言っても子供たちはなおもごねて続けていたが、二、三分も経つと自然と店の外に消えていった。<br>
怒りが長続きしないのは子供の特権だろうか。<br>
<br>
しかし、確かにそろそろ本気でテープを手に入れに行かなければならないかもしれない。<br>
このままでは本気で存在を忘れる可能性がある。<br>
<br>
食器を片付けてからふたたび等身大ロッキー人形を背負って外に出る。<br>
星はこの後何の予定もないらしく、コンビニに同行することになった。<br>
<br>
これでテープが手に入って人形を直せれば、あとは気兼ねなくジムへ行ったり祖母と食事をしたりできる。<br>
<br>
<br>
<br>
>[[次へ->R0]]
>{back link, label: '戻る'}config.header.center: "エピローグ"
--
星とともに着替えてからトレーニングルームに戻ると、どういうわけだか誰もいなくなっていた。<br>
さっきまで熱心にサンドバッグを叩いたり筋力トレーニングをしたりしていた練習生も、ミットを持っていたトレーナーもいない。<br>
<br>
「……どないなっとんねや」<br>
<br>
おおい、と声をかけて回っても返事がない。<br>
道ばたで何か起きたのかと思って扉を開けても、外の世界はいつも通りの夕方でしかない。<br>
<br>
星はなぜだか妙に焦っていて、千堂に同調して「おっかしいですわあ」と言いながらもあたりを油断なくきょろきょろと見回している。<br>
<br>
まるで何かを待っているかのようだ。<br>
あるいは嘘がバレそうになっているのか。<br>
<br>
千堂という人間は勘だけはいつも鋭いから、星が何か隠していることに気づかないわけはない。<br>
<br>
「おいこら。なーにをドギマギしとんねん。何か隠しとんのか?」<br>
<br>
星の肩を壁に押しつけ、眉をひそめてにらみつけ、威圧的な口調で聞く。<br>
しかし星は千堂のやりように慣れきっているのですぐには口を割らない。<br>
<br>
「何の話でっか? 着替えて出てきて誰もおらんかったら、そら誰だってドギマギするに決まってますやろ」<br>
「とぼけんのやめえや。お前が焦っとんのは分かってんねんで。さっきもこそこそ隠れて何か電話しとったやろ」<br>
<br>
肩ではなく襟首をつかんで締め上げると、星は両手を胸のところで挙げて無抵抗の意志を示した。<br>
<br>
「ワイはな、陰で何かされんのは好かんのや。こないだもお前、ワイがおらんところで勝手に記者にワイのこと何やかんや言うとったやろ。そういうんはいい加減やめえ」<br>
「あれは茶出して武士さんが来るまで引き留めとっただけですわ。武士さんあの後、取材の約束忘れとったーって急いで走って来とったやないですか。自分がおらんかったらあの記者さん帰ってましたで」<br>
<br>
うぐ、と短くうなって襟首を離す。<br>
確かにその通りだ。<br>
返す言葉もない。<br>
<br>
しかし星がいま、何かを隠していることは間違いないのだ。<br>
着替えて戻ってきたら誰もいないというこの謎の状況、絶対何かサプライズ的なことを企んでいるに違いない。<br>
<br>
常に思いつきでしか行動しないからだいたいの日常をサプライズにしてしまう千堂だが、ことさらサプライズが好きなわけではない。<br>
こういう、何かを企んでいることがバレバレなときはなおさらだ。<br>
<br>
[if yana]
もう一度星を締め上げて吐かせようとしたとき、がらがらと引き戸が開いて柳岡が顔を出した。<br>
<br>
「何や、お前らしかおらんのか?」<br>
<br>
少し驚いて柳岡の顔を見る。<br>
彼とは一緒にジムに来たはずだ。<br>
なのにほとんど間もおかずに外に出て、なぜか買い物袋を持って戻ってきている。<br>
<br>
「どこに行っとったんや?」<br>
<br>
柳岡はそれには答えず、焦った様子で大きなビニール袋からどさどさと大量のセロテープを出し始めた。<br>
ざっと十個はある。<br>
ボクシングジムにこんなにたくさんのセロテープが必要だろうか。<br>
<br>
「……何に使うんや、こないな量」<br>
「そら、修理のためやがな。せっかく会長が買うてきた飾りを練習生が壊してもうての。ひとっ走りコンビニ行ってきたんや」<br>
<br>
ふう、とため息をつきながら、柳岡は額を拭っている。<br>
よく見るとひどく汗をかいている。<br>
かなりの速度でコンビニを回ってきたのだろう。<br>
<br>
「星、千堂、すまんが、直すんを手伝うてやってくれんか。今ごろ練習生と会長が泣いとるかもしれへん」<br>
「泣いとる……? どういうことやそら」<br>
<br>
さっぱり状況が読めない。<br>
直すと言われても何を直すのかも分からないし、飾りと言われても何の飾りかも知らない。<br>
その練習生は、会長が泣くほど高価で大事なものを壊してしまったということなのだろうか。<br>
<br>
<br>
わけが分からないながらも星とともに奥の部屋に入ると、会長が「どないなっとんねん!」と金切り声で叫んでいるのが聞こえてきた。<br>
<br>
[if fight]
もう一度星を締め上げて吐かせようとしたとき、がらがらと引き戸が開いて柳岡が顔を出した。<br>
<br>
「何や、お前らしかおらんのか?」<br>
<br>
驚いて柳岡の顔を見る。<br>
彼は今日、スペイン語の試験のはずだ。<br>
試験は夕方からなのだから、この時間にジムにいるわけはない。<br>
受験票も無事取り戻せたのだから、今ごろ大手を振って受けている……と思っていた。<br>
<br>
「アンタ、試験はどないした?」<br>
<br>
柳岡はそれには答えず、焦った様子で大きなビニール袋からどさどさと大量のセロテープを出し始めた。<br>
ざっと十個はある。<br>
ボクシングジムにこんなにたくさんのセロテープが必要だろうか。<br>
<br>
「……何に使うんや、こないな量」<br>
「そら、修理のためやがな。せっかく買うた飾りを練習生が壊してもうての。ひとっ走りコンビニ行ってきたんや」<br>
<br>
ふう、とため息をつきながら、柳岡は額を拭っている。<br>
よく見るとひどく汗をかいている。<br>
かなりの速度でコンビニを回ってきたのだろう。<br>
<br>
「お前ら、すまんが直すんを手伝うてやってくれんか。今ごろ練習生と会長が泣いとるかもしれへん」<br>
「泣いとる……? どういうことやそら」<br>
<br>
さっぱり状況が読めない。<br>
直すと言われても何を直すのかも分からないし、飾りと言われても何の飾りかも知らない。<br>
その練習生は、会長が泣くほど高価で大事なものを壊してしまったということなのだろうか。<br>
<br>
わけが分からないながらも星とともに奥の部屋に入ると、会長が「どないなっとんねん!」と金切り声で叫んでいるのが聞こえてきた。<br>
<br>
[continue]
>[[次へ->true03]]
>{back link, label: '戻る'}config.header.center: "エピローグ"
--
そこにあったのは、ゴージャスでギラギラした「何か」だった。<br>
シャンデリアのキラキラした細かい部分をもっと細かくした銀色の細い紐が無数にある。<br>
そのせいで、床に置かれているとじゅうたんにしか見えない。<br>
<br>
[if fight]
銀色の波に紛れた特徴的な形の装飾品を見たとき、ピンときた。<br>
<br>
これは、美術館のエントランスの天井から吊り下げられていたオブジェだ。<br>
例のデカくて豪華なオブジェ。<br>
<br>
あのときショップでレプリカを買ったのだろう。<br>
しかし持ち歩いている様子がなかったから、店に届けてもらったのか。<br>
あるいは人に頼んで持って帰ってもらったのか。<br>
<br>
「何や、来てもうたんか千堂。お前が着替えて戻ってくるまでに直して飾っとこと思うたんやけどなあ……」<br>
<br>
はあ、と大げさなため息をつき、会長が肩を落とす。<br>
<br>
「修理しとるうちに絡まってもうて、絡まりを直そうとしとる間にもう何が何だか分からんようになってもうた。今はもう、どこをどうほぐしとるんかも分からん」<br>
<br>
会長はもちろん、修理を手伝っていたらしい練習生たちまでしょんぼりしている。<br>
床に目をやると銀色の細かなすだれがめちゃくちゃに絡まり合っているのが分かる。<br>
確かにこれは、もつれを直しているうちに頭にきそうだ。<br>
<br>
「ワイらも手伝うさかい、辛気くさい顔すんのやめえや」<br>
「せっかくの誕生日にすまんのう」<br>
「かめへん。サプライズしよと思うたんやろ。おおきにな」<br>
<br>
会長の背中をばしと叩き、手分けしながら少しずつもつれを直し、千切れたところをセロテープで補修していく。<br>
何時間もかかるかと思っていたが、柳岡が的確に指示を下しているおかげかきわめてスムーズに進んだ。<br>
しかしまだ、もっとも複雑に絡まった部分が最後に残っている。<br>
<br>
<br>
<br>
>[[次へ->true04-1]]
[else]
「何や、来てもうたんか千堂。お前が着替えて戻ってくるまでに直して飾っとこと思うたんやけどなあ……」<br>
<br>
はあ、と大げさなため息をつき、会長が肩を落とす。<br>
<br>
「何やねんこれは。じゅうたんなんか?」<br>
「なんかのオブジェのレプリカや。今日美術館行ったら見つけてのう。ちょうどお前の誕生日やったさかい、トレーニング室の天井から吊り下げよと思て買うたんやけど修理しとるうちに絡まってもうて、絡まりを直そうとしとる間にもう何が何だか分からんようになってもうた。今はもう、どこをどうほぐしとるんかも分からん」<br>
<br>
会長はもちろん、修理を手伝っていたらしい練習生たちまでしょんぼりしている。<br>
床に目をやると銀色の細かなすだれがめちゃくちゃに絡まり合っているのが分かる。<br>
確かにこれは、もつれを直しているうちに頭にきそうだ。<br>
<br>
「ワイらも手伝うさかい、辛気くさい顔すんのやめえや」<br>
「せっかくの誕生日にすまんのう」<br>
「かめへん。サプライズしよと思うたんやろ。おおきにな」<br>
<br>
会長の背中をばしと叩き、手分けしながら少しずつもつれを直し、千切れたところを柳岡が買ってきてくれたセロテープで補修していく。<br>
何時間もかかるかと思っていたが、柳岡が的確に指示してくれたおかげかそれなりにうまく進んだ。<br>
しかしまだ、もっとも複雑に絡まった部分が最後に残っている。<br>
<br>
「これは、勝負や。男の勝負や」<br>
「何の話しとんねん」<br>
<br>
柳岡がげんなりした顔をしているが返答はしない。<br>
必死で戦ってきたオブジェとの絆はもはや何より深く、固く、熱い。<br>
ここから先はオブジェと男を賭けた勝負なのだ。<br>
<br>
<br>
>[[戦いを挑む->true04-2]]
[continue]
>{back link, label: '戻る'}config.header.center: "エピローグ"
--
丸一日等身大ロッキー人形を背負って移動していたせいか、背中に何もないと何だか心もとない感じがする。<br>
途中でふと立ち止まって背中を確認し、もうあれを持ち歩く必要はないのだと思い直してふたたび歩き出す。<br>
そんなことを何度も繰り返してようやくジムに着くころには、もう日が傾きかけていた。<br>
<br>
がらりと引き戸を開け、ロッカールームへ向かう。<br>
途中でサンドバッグを叩く手を止めて挨拶してくる練習生に片手を挙げて答える。<br>
<br>
ロッカー室に足を踏み入れ、脱いだ上着を雑に丸めて自分のロッカーをしまおうとすると、隣で着替えていた星がぎくりと動きを止めた。<br>
<br>
「何や、星」<br>
「いえ、何かいま武士さんのロッカーから落ちたような……?」<br>
<br>
星はいぶかしげにそう言うと、腰をかがめて床から何か拾い上げた。<br>
<br>
「手紙……と、箱でんな」<br>
<br>
星の手の中にあるものは、メッセージカードと小さな化粧箱だ。どちらもきれいにラッピングされている。<br>
[if sensei]
身に覚えしかない。<br>
星からそれらをさっと奪い取り、ロッカーの一番奥へとしまい込む。<br>
<br>
「そないに照れなくてもええんちゃいますか。自分、中身知ってまっせ。先生からのプレゼント、タイピンでしょう? 金色の」<br>
「ああん?」<br>
<br>
千堂は低い声でうなり、星の気恥ずかしそうな顔をにらみつける。<br>
聞き捨てならないセリフだ。<br>
<br>
「どういうことやそら。何でお前が中身知っとんねん」<br>
「デパートで偶然会うたんです。彼女、武士さんの誕生日に何か贈りたいけど何がいいか悩んどって、自分が『もしかしたら世界戦の調印式でスーツ着るかもしれへん』言うたらタイピンにしよ、て話に……」<br>
「……お前の入れ知恵やったんか」<br>
<br>
少々がっくりきたがありがたみは変わらない。<br>
来たる日、もしかしたら、これを使う日が来るかもしれない。<br>
[else]
今日は誕生日だし、普通に考えれば誰かからの贈り物なのだろうが、差出人の名前が書いていないのが気持ち悪い。<br>
贈り主はジムにいる誰かなのだろうに、直接渡さないのも何だかはっきりしなくてモヤモヤする。<br>
バレンタインに知らない奴から下駄箱にチョコレートを入れられるがごとき不気味さを感じる。<br>
<br>
「お前、開けてみい」<br>
「ええんですか? ひそかに武士さんに思いを寄せる人からの贈り物かもしれへんのに」<br>
「わけ分からんこと言うとらんで開けえ。爆弾やったら向こうに投げるんやで」<br>
「ああ、そういう方向性の心配なんでっか」<br>
<br>
星はあきれ顔で笑い、ひとつため息をついて包装紙に手をかける。<br>
箱の中には、金色の細長いものが入っている。<br>
<br>
「……? 何やこら」<br>
「な、何やろなあ? もしかして、ネクタイピンとちゃいますか?」<br>
「そないなモンが何でワイのロッカーに入っとんねん」<br>
「そら、武士さんが調印式とかでスーツ着るときに必要になると思うたからに決まって……ああもう、早よ手紙の方を見てくださいよ。人からの大事な贈り物、ワイに開けさせとる場合とちゃいますやろ」<br>
「分かっとるわ」<br>
<br>
箱を星の手から奪い取り、小さな封筒からカードを取り出す。<br>
薄い緑色のカードに書かれた小ぶりで達者な字が目に入る。<br>
<br>
武士くんへ、お誕生日おめでとう。<br>
今日直接お祝いできなくてごめんなさいね。<br>
プレゼントはネクタイピンです。<br>
スーツなんてあまり着ないでしょうけど、機会があったら使<br>
<br>
パアン、と音をさせて手のひらと手のひらの間にカードを挟む。<br>
恐る恐る星を横目でにらみつけると、星は心得た様子で顔をそむけて知らんふりをしていた。<br>
デキる奴だ。<br>
<br>
「……爆弾やった」<br>
「そうでっか。せやったら誰かが爆弾受け取って武士さんのロッカーの中に入れたちゅうことですね」<br>
「そや」<br>
<br>
星はそれ以上何も言わない。<br>
カードをもう一度封筒に入れ、曲がったり潰れたりしないようにそっとロッカーにしまい込む。<br>
スーツなんて確かにほとんど着ない。<br>
が、来たる日、もしかしたら、これを使う日が来るかもしれない。<br>
<br>
[continue]
>[[次へ->true-1-02]]
>{back link, label: '戻る'}config.header.center: "エピローグ"
--
星とともに着替えてからトレーニングルームに戻ると、どういうわけだか誰もいなくなっていた。<br>
さっきまで熱心にサンドバッグを叩いたり筋力トレーニングをしたりしていた練習生も、ミットを持っていたトレーナーもいない。<br>
<br>
「……どないなっとんねや」<br>
<br>
おおい、と声をかけて回っても返事がない。<br>
道ばたで何か起きたのかと思って扉を開けても、外の世界はいつも通りの夕方でしかない。<br>
<br>
星はなぜだか妙に焦っていて、千堂に同調して「おっかしいですわあ」と言いながらもあたりを油断なくきょろきょろと見回している。<br>
<br>
まるで何かを待っているかのようだ。<br>
あるいは嘘がバレそうになっているのか。<br>
<br>
千堂という人間は勘だけはいつも鋭いから、星が何か隠していることに気づかないわけはない。<br>
<br>
「おいこら。なーにをドギマギしとんねん。何か隠しとんのか?」<br>
<br>
星の肩を壁に押しつけ、眉をひそめてにらみつけ、威圧的な口調で聞く。<br>
しかし星は千堂のやりように慣れきっているのですぐには口を割らない。<br>
<br>
「何の話でっか? 着替えて出てきて誰もおらんかったら、そら誰だってドギマギするに決まってますやろ」<br>
「とぼけんのやめえや。お前が焦っとんのは分かってんねんで。さっきもこそこそ隠れて何か電話しとったやろ」<br>
<br>
肩ではなく襟首をつかんで締め上げると、星は両手を胸のところで挙げて無抵抗の意志を示した。<br>
<br>
「ワイはな、陰で何かされんのは好かんのや。こないだもお前、ワイがおらんところで勝手に記者にワイのこと何やかんや言うとったやろ。そういうんはいい加減やめえ」<br>
「あれは茶出して武士さんが来るまで引き留めとっただけですわ。武士さんあの後、取材の約束忘れとったーって急いで走って来とったやないですか。自分がおらんかったらあの記者さん帰ってましたで」<br>
<br>
うぐ、と短くうなって襟首を離す。<br>
確かにその通りだ。<br>
返す言葉もない。<br>
<br>
しかし星がいま、何かを隠していることは間違いないのだ。<br>
着替えて戻ってきたら誰もいないというこの謎の状況、絶対何かサプライズ的なことを企んでいるに違いない。<br>
<br>
常に思いつきでしか行動しないからだいたいの日常をサプライズにしてしまう千堂だが、ことさらサプライズが好きなわけではない。<br>
こういう、何かを企んでいることがバレバレなときはなおさらだ。<br>
<br>
もう一度星を締め上げて吐かせようとしたとき、奥から悲鳴が聞こえてきた。<br>
引き留めようとする星を振り切って奥の部屋の扉を開けると、会長がキラキラしたじゅうたんに突っ伏して「もう何も分からん!」と金切り声で叫んでいるところだった。<br>
<br>
<br>
<br>
>[[次へ->true-1-03]]
>{back link, label: '戻る'}config.header.center: "道ばた"
--
とりあえず今はこの等身大ロッキー人形を修理しないと何もできない。<br>
こいつを背負ったまま動き回ったら、なくすかさらに壊すかするのがおちだ。<br>
<br>
進行方向を百八十度変え、自宅へ向かって歩き出す。<br>
<br>
だいぶ時間を使ってしまったことだし、近所のコンビニにテープを買いに行ってさっさと直してしまおう。
<br>
<br>
>[[次へ->R0]]
>{back link, label: '戻る'}config.header.center: "エピローグ"
--
オブジェに最後の戦いを挑むべく気合を入れかけた瞬間、星が何の緊張感もない声で「ほどけましたわあ~」と宣言して戦いが終わった。<br>
<br>
「おお、でけたんかあ。終わってみるとなかなか楽しい仕事やったのう」<br>
「ええ、熱い戦いでしたわ。愛着湧きますねえ」<br>
<br>
会長と星と練習生たちがほのぼのと作業の感想を言い合っている。<br>
千堂は振り上げた拳の行き先をなくしたまま後ろにひっくり返りそうになっている。<br>
<br>
「あのとき盛り上がってつい買うてもうたが、意外に厄介な代物やったの」<br>
<br>
テープやハサミなどの道具を回収しながら柳岡が言う。<br>
<br>
「こいつ買うたの、アンタらがいなくなったときやろ。はぐれたんかと思うたわ」<br>
「お前が猫の絵じっくり見とったさかい、先に行っとったんや。最初は絵葉書か何かにしよ言うとったんやが、だんだん話がデカくなってしもて……」<br>
<br>
柳岡は気恥ずかしそうに後頭部に手をやった。<br>
<br>
「まあ、何や。結局色々グダグダになってもうたが、誕生日おめでとうさんや」<br>
「おう、おおきに。アンタも次はワイの誕生日以外の日に試験受けるんやで」<br>
<br>
にやりと笑ってそう言うと、柳岡は苦い顔で眼鏡を上げた。<br>
<br>
無事修復されたオブジェは練習生によってトレーニングルームに運ばれていく。<br>
かなりの大きさだから、トレーニング室の天井から吊り下げてもそれなりに映えるだろう。<br>
今日一日だけはジムが格調高くなる。<br>
<br>
銀色の糸が絡まらないようにオブジェを画鋲で天井に固定し終えると、みな練習に戻り始める。<br>
千堂もウォームアップをし、サンドバッグを叩き、靴底が床を擦る音を聞きつつトレーニングに没頭していく。<br>
<br>
非日常とは楽しいものだ。<br>
どんなささいなことでもわくわくする。<br>
しかし戻るべきところ、帰るべきところ、こここそが居場所だと言えるところがあってこそ楽しいと感じるのかもしれない。<br>
思いつくままにどこかへ飛び出していけるのは、自分ならどんな冒険でもできると思えるのは、「ここ」があるからだ。<br>
「ここ」を知っているからだ。<br>
<br>
インターバルを挟み、柳岡がミットを持ってリングに上がる。<br>
<br>
「思ったより」なんかじゃない。<br>
「いつも以上に」なんかでもない。<br>
<br>
いつも通りで、予想通りで、これ以外にはもう何も欲しくないほど最高の誕生日だ。
<br>
<br>
<br>
**ED07 : 最高の誕生日**
<br>
>[[攻略ヒントを見る~(自力でプレイしたい方は見ない方がいいかもしれません)~->hint07]]
>[[最初からやり直す->start0]]
>{back link, label: '戻る'}config.header.center: "エピローグ"
--
[if random.d6 > 3]
できた!<br>
ついに絡まりがとけた。<br>
男を賭けた勝負に勝った。<br>
千堂は少しじんとしながらオブジェを見つめ、健闘を称えるようにとんと手で叩く。<br>
<br>
「気合でどうにかなるもんとちゃうわ。元々ほとんどほどけとったんや」<br>
<br>
柳岡は呆れたようにそう言い、練習生に指示してオブジェを持ち上げた。<br>
そのままひっくり返し、画鋲で天井にくくりつける。<br>
<br>
「何や、向こうに飾るんとちゃうんか?」<br>
「小学生の工作より繊細な作りになっとるさかい、トレーニング室まで運んだらまた絡まってまいそうや。きれいなまんまここに飾った方がええ」<br>
<br>
会長はうんうん、と頷いている。<br>
等身大ロッキー人形と言いオブジェといい、今日は壊れやすいものに縁のある日だ。<br>
<br>
天井に固定し終えると、部屋が一気にパーティーになった。<br>
美術館にあるという本物がどういう飾り方をされていたのかは知らないが、普通の大きさの部屋に飾ると圧迫感がある。<br>
ここでパーティーをしろ、と迫られている気分だ。<br>
<br>
「せっかくやし、ジュースとケーキ買ってきてパーティするかあ?」<br>
<br>
会長が部屋の圧に押されたかのようにそうこぼすと、遠くから大音量の音楽が聞こえてきた。<br>
音の出どころはおそらくトレーニング室にあるCDプレイヤーだ。<br>
ノリのいいダンスミュージックがかかっている。<br>
パーティー欲に突き動かされた練習生がかけたのだろう。<br>
<br>
「……会長はん」<br>
「何や」<br>
「ケーキはええ。パーティーもええ。今は体動かさんとあかんわ。世界挑戦を控えとんのに何もせえへんわけにはいかんやろ」<br>
「ほうか。まあ当然といえば当然やが、ちょうもったいないのう」<br>
<br>
会長とともに名残惜しそうにオブジェを見上げている柳岡の腕を引き、トレーニングルームに引きずっていく。<br>
<br>
とたんに近所迷惑になりそうなほどの大音量の音楽が千堂を出迎えてくれる。<br>
ずっとかけていると集中できないからすぐ切ることになるだろうが、少しはパーティーの気分だ。<br>
<br>
柳岡が無言でミットを構える。<br>
すると頭の中から音が消えていく。<br>
<br>
ああ、ここや、と思った。<br>
ここが本当の居場所だ。<br>
他のどこでもない、ここが。<br>
<br>
<br>
<br>
**ED06 : 本当の居場所**
<br>
>[[攻略ヒントを見る~(自力でプレイしたい方は見ない方がいいかもしれません)~->hint06]]
>[[最初からやり直す->start0]]
[else]
絡まりはまだ解けない。<br>
気合が足りないのかもしれない。<br>
<br>
<br>
>[[もう一度挑戦する->true04-2]]
[continue]
>{back link, label: '戻る'}config.header.center: "エピローグ"
--
そこにあったのは、ゴージャスでギラギラした「何か」だった。<br>
シャンデリアのキラキラした細かい部分をもっと細かくした銀色の細い紐が無数にある。<br>
そのせいで、床に置かれているとじゅうたんにしか見えない。<br>
<br>
「何や、来てもうたんか千堂。お前が着替えて戻ってくるまでに直して飾っとこと思うたんやけどなあ……」<br>
<br>
はあ、と大げさなため息をつき、会長が肩を落とす。<br>
<br>
「何やねんこれは。じゅうたんなんか?」<br>
「なんかのオブジェのレプリカや。今日美術館行ったら見つけてのう。ちょうどお前の誕生日やったさかい、トレーニング室の天井から吊り下げよと思て買うたんやけど修理しとるうちに絡まってもうて、絡まりを直そうとしとる間にもう何が何だか分からんようになってもうた。今はもう、どこをどうほぐしとるんかも分からん」<br>
<br>
会長はもちろん、修理を手伝っていたらしい練習生たちまでしょんぼりしている。<br>
床に目をやると銀色の細かなすだれがめちゃくちゃに絡まり合っているのが分かる。<br>
確かにこれは、もつれを直しているうちに頭にきそうだ。<br>
<br>
「ワイらも手伝うさかい、辛気くさい顔すんのやめえや」<br>
「せっかくの誕生日にすまんのう」<br>
「かめへん。サプライズしよと思うたんやろ。おおきにな」<br>
<br>
会長の背中をばしと叩き、手分けしながら少しずつもつれを直していく。<br>
しかし千切れたところはセロテープがないと直せない。<br>
またセロテープか、と思った。<br>
<br>
仕方なく練習生にセロテープを買いに行かせ、残りは絡まりをほぐすことに集中する。<br>
あらかた直したときには何時間も経っていた。<br>
しかしまだ、もっとも複雑に絡まった部分が最後に残っている。<br>
<br>
「これは、勝負や。男の勝負や」<br>
「……? 何の話でっか?」<br>
<br>
星がきょとんとしているが返答はしない。<br>
何時間も戦ってきたオブジェとの絆はもはや何より深く、固く、熱い。<br>
ここから先はオブジェと男を賭けた勝負なのだ。<br>
<br>
<br>
>[[戦いを挑む->true-1-04]]
>{back link, label: '戻る'}config.header.center: "エピローグ"
--
[if random.coinFlip]
できた!<br>
ついに絡まりがとけた。<br>
男を賭けた勝負に勝った。<br>
千堂は少しじんとしながらオブジェを見つめ、健闘を称えるようにとんと手で叩く。<br>
<br>
しかし会長や星や他のメンツは疲労のあまり突っ込むこともできず、ぐったりと壁にもたれかかっている。<br><br>
今日は全員これにかかりきりで終わってしまった。<br>
<br>
思っていたのとは違ったが、なかなか楽しい誕生日になったのではないかという気がする。<br>
これが何なのかよく分からないながらも、祝おうとしてくれたことは間違いないのだし。<br>
それに、まだ夜は終わっていない。<br>
帰宅して祖母と食事をするところまでが誕生日だ。<br>
<br>
<br>
<br>
**ED05 : 思ったよりいい誕生日**
<br>
>[[攻略ヒントを見る~(自力でプレイしたい方は見ない方がいいかもしれません)~->hint05]]
>[[最初からやり直す->start0]]
[else]
絡まりはまだ解けない。<br>
気合が足りないのかもしれない。<br>
<br>
<br>
>[[もう一度挑戦する->true-1-04]]
[continue]
>{back link, label: '戻る'}config.header.center: "攻略ヒント 5"
--
**ED05 : 思ったよりいい誕生日**<br>
<br>
<br>
お疲れさまでした。<br>
星くんと二人でコンビニ強盗事件を解決し、怪我もせずに無事エピローグまで来るとこのエンディングに到達します。<br>
<br>
同行者を増やすともう少し先に進めますが、最後にコンビニに行くまでに全員揃えている必要があります。<br>
<br>
①美術館チケットを手に入れたとき「誘う」を選ぶ<br>
②チケットを人数分手に入れる<br>
③柳岡はんの受験票問題を解決する<br>
<br>
が、必須条件です。<br>
<br>
柳岡はんと二人で強盗事件を解決した場合でも最後までは行けません。<br>
<br>
<br>
<br>
>[[最初からやり直す->start0]]
>{back link, label: '戻る'}
config.header.center: "攻略ヒント 6"
--
**ED06 : 本当の居場所**<br>
<br>
<br>
お疲れさまでした。<br>
柳岡はんの受験票問題を解決し、二人でコンビニ強盗事件を解決してからエピローグに来るとこのエンディングに到達します。<br>
<br>
同行者を増やすともう少し先に進めますが、最後にコンビニに行くまでに全員揃えている必要があります。<br>
<br>
美術館チケットを手に入れると同行者を増やせます。
<br>
星くんと二人でエピローグに行くこともできますが、その場合でも最後までは行けません。<br>
<br>
<br>
<br>
>[[最初からやり直す->start0]]
>{back link, label: '戻る'}config.header.center: "攻略ヒント 7&あとがき"
--
**ED07 : 最高の誕生日**<br>
<br>
<br>
ここまでプレイしてくださってありがとうございました。<br>
このエンディングがいわゆるトゥルーエンドです。<br>
<br>
エピローグからいけるエンディングはこれを含めて三つあります。<br>
柳岡はんと二人でコンビニ強盗を解決するルート、星くんと二人でコンビニ強盗を解決するルートです。<br>
解決しても途中で怪我をするとまた別のエンディングにいきます(柳岡はんルートにはありません)。<br>
<br>
<br>
途中でセーブができない仕様なので、ここまでくるのは本当に大変だったと思います。申し訳ありません…。<br>
<br>
書き手の方もこういった形のゲームを作るのは初めてだったので思ったようにいきませんでしたが、なにわ拳闘会の皆さんの日常を書けて楽しかったです。<br>
これからも本編キャラクター全員に幸多からんことを。<br>
<br>
最後まで読んでくださってありがとうございました!<br>
ご縁があればまたいつか。<br>
<br>
<br>
まち子<br>
{link to: 'https://twitter.com/ei_wk8', label: 'twitter'} / {link to: 'https://www.pixiv.net/users/2658206', label: 'pixiv'}~(カップリング二次創作しかありません)~<br>
<br>
~よろしければ{link to: 'https://odaibako.net/u/ei_wk8', label: 'ご感想'}いただけたらうれしいです(リンクはお題箱に繋がっています)。ゲームに関するご質問や不具合などもありましたらこちらかtwitterよりどうぞ。~
<br>
<br>
<br>
<br>
>[[最初からやり直す->start0]]
>{back link, label: '戻る'}